第27話 姉の言うことは聞く


『皆様、大変長らくお待たせ致しました! 本日の最終試合です!』


 実況の声が観客席にこだまする。

 ワアアアッと大きな歓声が上がった。


『戦士の入場です!』


 東西の出入り口から入ってくる人物の登場に、彼の娘達は身を乗り出した。


「わっ、パパだ! 剣持ってる!」

「試合が楽しみですわね〜〜」

「二人とも、身を乗り出しすぎると落ちるわよ」


 柵を掴んでぐっと身を乗り出すエリとターニャを諫めながらも、テレジアの視線は砂地のリングへと注がれていた。



 (旦那様……)


 娘三人の隣りで、彼の妻は顔の前で手を組み、ごくりと喉を鳴らしながら夫を見つめていた。なお彼の妻の周囲には、賭け券の入った紙箱がぼぼぼんっと所狭しに置かれている。まるで引越しの準備のようだ。


「お父様の対戦相手の方、すごく大っきい方ですわね!」

「ほんとだ。しかもムキムキだし! あのアスタクレスって言うおじさんなら、三人同時に持ち上げられるんじゃない?」

「後で記念撮影して貰えないか、お願いしに行きたいですわ!」

「行きたーい!」


 エリとターニャは、如何にも屈強そうな父親の対戦相手を見てきゃあきゃあと盛り上がっている。

 そんな妹達に、テレジアは厳しい視線を向けた。


「……アスタクレス氏は父上を恨んでいるはずよ」


 砂地のリングを睨み、眉根を窪ませる姉の顔を妹達は凝視する。


「アスタクレス氏は十六年前に滅んだ西の帝国の将軍だった……。帝国四将の一人だったアスタクレス氏は、王の家族を逃すための隠し門の警護をしていたらしいわ。そして、父上がいた連隊はその隠し門を突破した……。アスタクレス氏の左眼を切ったのは父上よ」

「へー、そうなんだ? 姉者、その話誰から聞いたの?」

「お祖父様よ」


 姉の話に、エリとターニャは息を詰める。


「西の帝国を滅ぼしたのは父上だけじゃないけど、アスタクレス氏が直接戦った父上を恨んでいても不思議じゃないと思う」

「うひゃあ、じゃあエリ達のことも嫌だと思うかな?」

「……嫌だと感じてもおかしくないわね」

「故国を滅ぼした男に可愛い妻子がいたら良い気はしないかもしれませんわね……。エリ、大人しくしていましょ」

「そうだね……」


 エリとターニャは席にちょこんと座る。

 その一部始終を見ていた彼の妻は思った。


 (すごい、あれだけ騒いでたエリとターニャを一瞬で黙らせるなんて……!)


 下の子の躾を長女に任せるなんて親失格だという気持ちと、しっかり者のテレジアを、ただただすごいと関心する気持ちがせめぎ合う。


 (私や旦那様がいくら言っても、エリとターニャはあんまり言うことを聞かないのに……。お姉ちゃんの言うことは素直に聞くのよねえ)


 テレジアには嫌な役わりばかりさせている。もっと親としてしっかりせねばと妻は思うと同時に、一つの疑問が浮かび上がる。


 (実家のお父様はどうして、テレジアにアスタクレス将軍の話をしたのかしら……?)


 テレジアは次期領主。歴史の勉強はもちろん必要だが、九歳の娘が知るには重たすぎる話だ。


 (……まあ、いいわ。今は旦那様の応援をしましょう!)


 彼の妻は賭け券が詰まった紙の箱を手で摩った。

 アスタクレスのオッズは1.6倍で、夫は10倍だった。夫のオッズが高いことに不満を抱いたが、それだけアスタクレスにはファンがいるのかもしれない。


 ◆


 (金的・目潰し・飛び道具は禁止、か……。闘技大会はルールがあるから厄介なんだよな)


 アスタクレスと向かいあう、彼はフンと短く息を吐く。

 彼は卑怯極まりない方法で武功を立ててきたタイプの騎士で、正々堂々とした試合はあまり得意ではなかった。

 何故なら、十八番おはこのふい打ちが狙いにくいからだ。


 (……まあ、我が子の前で卑怯な試合は出来ないけどな)


 エリとターニャが真似する恐れがあるからだ。卑怯な真似をすれば、今度は娘二人にやられる。因果応報とはよく言ったものだ。

 それにエリいわく、地下闘技場には学校のお友達も見に来ているらしい。


 (……俺が何かやらかせば、娘達が学校でいじめられてしまうかもしれない)


 娘達はいじめられるようなタイプには見えないが、何があるか分からないのが子どもの世界である。


 (なるべく、クリーンな試合を心掛けよう)


 彼は右手に持った剣の柄をぐっと握った。


 この剣闘技戦のルールは、持った剣を地面に落とした方が負けという至ってシンプルなものだ。

 剣先が折れた場合も、刀身の三分の二以上が地面に落ちたら負けである。


 (いつもなら、武装解除で刀身をバッキバキに折ってやるんだが)


 彼が第一話でブルーノ相手にやった武装解除。

 相手が意気がっている隙にこっそり剣に細工し、抜刀した瞬間刀身が折れるという南方地域の戦闘部族に伝わる暗殺術の一つだ。

 原理はすごく単純なのだが、一応門外不出の術なので説明はしかねる。


 (武装解除でいきなりアスタクレスの剣を折ったら、盛り下がるだろうな……)


 この会場に来ている観客は、見応えのある試合を望んでいるはずだ。ならば、多少なりともアスタクレスと剣の打ち合いをしなくてはならない。


 ふと、アスタクレスの腕を見る。

 丸太のようにぶっとい。まるで妻の太もものようだ。


 (あんなのと打ち合いなんてしたら、腕の腱を痛めそうだ……)


 事実、アスタクレスは何人もの戦士を引退へ追い込んでいるらしい。戦士達はおそらく腕を痛めたのだろう。

 

 (怪我をしない程度に頑張るか)


 アスタクレスと十六年前の決着をつけたいと思い試合を申し出たが、怪我をするのは困る。

 彼は剣を構え直した。

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