第26話 勝利を信じる
ピンポンパンポン
バチで木琴を鳴らすような音が、観客席に響く。
『おおっと? ここで臨時情報が入ってきました! ……これは? 第二部の剣闘技戦ですが、対戦カードに変更があったようですね』
実況は興奮気味に語る。
『剣闘技戦のトリを務める、百獣王アスタクレスの対戦相手が変わるようです。おおっ……しかも対戦相手は飛び入り参加者です!』
観客席がにわかにざわめき出す。
「ひゃくじゅう……おう?」
「この地下闘技場のスター戦士みたいだよ、ママ。めっちゃ強いんだって!」
彼の妻のつぶやきに、パンフレットを持ったエリが反応する。
(たしか西の帝国に、そんな名前の将軍がいたわね……)
彼の妻はアスタクレスの名に引っ掛かりを覚える。かなりの大男で、最後まで王家のために戦ったという。
「パパ、なかなか戻ってこないね」
「そうね……」
何か厄介なことに巻き込まれていないといいと思うが、厄介なことに頭を突っ込んで解決しないといけないのが、彼女の夫の仕事だった。
また、観客席にピンポンパンポンという木琴の音が響く。
『飛び入り参加者の情報が分かりました! な、なんと! 十六年前に終結した宗西戦争の裏の勝利の立役者、『宗国の猟犬』が対戦相手だそうです!』
実況の声に、観客席にどよめきが湧き起こる。
「か、閣下!? 副業はダメって言ってたのに……!?」
エミリオを抱っこしていたリーリエが叫ぶ。
(やっぱり……。巻き込まれていたのね)
おそらく、本来のアスタクレスの対戦相手を庇うか何かして、夫が試合に出ることになったのだろう。
そして庇った相手は、リーリエが言っていた特務部隊の団長だと思う。
彼の妻は口端を下げると、ふんと息を吐く。
(……旦那様は妙に面倒見が良いというか、巻き込まれ体質なのよね)
「パパ!?」
「お父様がどうして……?」
「皆、落ち着きなさい」
娘三人の方を見ると、皆戸惑いながらも興奮を隠せないと言った様子で、目をきらきらさせている。テレジアも騒ぐ妹達を嗜めながらも、頬をほんのり赤くさせていた。
それはそうだろう、強い父親が、強いと評判の戦士と戦うことになったのだから。
彼の妻はすくっと立ち上がる。
「どしたの、ママ?」
「ちょっと賭け券を買ってくるわ。……ねぇあなた達、運ぶのを手伝って貰えませんか?」
彼の妻は、自領の染め物工場で働く男三人に声を掛ける。
真っ先に立ち上がったのは、三人の中で一番若いリットだった。
「……いいですけど、何を運ぶんです? お嬢」
「賭け券です」
「賭け券……?」
賭け券を運ぶのに何故男手がいるのだろうかと言わんばかりに、リットは首を傾げる。
「ありったけの賭け券を買います。旦那様の勝利に掛けますわ」
「!!おっ……ま、まじっすか!?」
彼の妻の発言に、リットだけでなく他の男二人や子ども達、リーリエもぎょっとする。
「お嬢、アスタクレスは地下闘技場に詳しくない私らでも知ってるような凄腕の御仁なんですよ?」
「そうですよ、お嬢。旦那様がいくら強いと言っても……」
「無茶ですよ、相手は闘技場のルールに慣れてるんですから」
男達三人は額に汗を浮かべて、彼の妻を囲む。
慌てる男達に、彼の妻はおほんと咳払いする。
「旦那様の勝利を私が信じなくて、誰が信じると言うのですか」
彼の妻はぴんっと背筋を伸ばし、毅然として言う。
だが、三人の男達は顔を見合わせる。
「でも……」
「んもう! 賭け券を運んでくれたらその分あなた達に配当金をあげますわ!」
「い、いりませんよ!!」
三人はぶるぶると顔を横に振る。
「心配いりません。旦那様は強いもの、誰よりもね。さっ、賭け券を買いに行きましょう!」
◆
一方その頃、彼とブルーノはウラジミルに案内された部屋にいた。簡素な空間で、背の高いクローゼットとベンチ以外は何も無い。
「あんた、無茶だ。俺がガキを六人も養ってる話をしたから同情したのかもしれんが、アスタクレスは本気で強いぞ。ヤツと対戦した戦士が何人も引退に追い込まれている」
「別に貴様に同情したわけじゃない。子を養うために金を稼ぐのは当たり前だ」
「ぐっ……」
彼はブルーノに同情したから対戦相手を変わったわけではなかった。ブルーノが子どもの学費のために頑張っている話が本当なら、ブルーノに何があった時はその子どもに直接支援すればいいだけの話だ。
(アスタクレス将軍……)
西の帝国の、帝都を攻めた時。彼はまだ二十歳の青年だった。幼い頃から暗殺術を極め、彼はその当時大陸最強と謳われた西の帝国の将軍の首を次々に取った。
だが、唯一首を刎ねることが叶わなかった将軍がいる。
それがアスタクレスだ。
「……俺は宗西戦争でアスタクレス将軍の首を刎ねることが出来なかった」
「あんた、宗西戦争で百体も大将首を取ったそうじゃないか、まだ足りないと言うのか?」
「いいや、アスタクレス将軍とは決着をつけたいと思っていた」
王家の人間を護っていたアスタクレスは、彼に片目を切られた後捕虜になった。捕虜の管理は編成担当である軍部がしていたので、彼はアスタクレスのその後を知らなかったのだ。
(地下闘技場の戦士になっていたとは……)
アスタクレスが地下闘技場の戦士になってから、もしかしたら日が浅いのかも知れない。アスタクレスが長くここで戦士としてやってるなら、どこかで目にしていてもおかしくない。それに大会が始まる前の出場者入場の際、アスタクレスの姿は無かったはず。アスタクレスの地下闘技場の戦歴はすごいが、基本的には隠された存在なのだろう。
「……。まあ、いい。剣はこれを使え」
「この剣は?」
アスタクレスと戦いたかっただけと言う彼に、ブルーノは呆れ顔で一本の剣を差し出した。
「俺が剣闘技戦で使ってる剣だ」
「良い剣だ」
持ってみると少々重いが、作りは頑丈そうである。
「使わせてもらおう」
「おう」
「そうだ、一つ聞きたいことがある。いいか?」
「何だ?」
「どうしてウラジミルから金を借りた?」
他にも金を稼ぐ手立てはいくらでもあっただろうに、よりにもよってウラジミルのような関わったらろくなことにならない男から金を借りたのは何故か。
ブルーノは言いにくそうに視線を逸らす。
「……女だ」
「女?」
「美人局に引っ掛かったんだよ」
妻子と別れ、寂しさからブルーノは呑み屋を一人ではしごしていたらしい。一件の呑み屋でブルーノは接客してくれた女性とねんごろになったところで、現れたのがアスタクレスを引き連れたウラジミルだったそうだ。
「……そもそも、何で奥方と別れることになったんだ?」
「部下と浮気してるのがバレたんだよ。……よくある話だ」
よくあってたまるかと彼は思う。だが、他の部隊より命の危険の多い特務部隊では、後先考えず本能に突き動かされるまま、部下や上官と不倫してしまう騎士や兵は少なくない。
「俺は貴様を助けたんじゃないぞ、それだけは勘違いしてくれるな」
ブルーノのやらかし内容についてある程度予想はついていたが、予想通りすぎて怒る気にもなれなかった。
◆◆◆
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第一部はもう少しで終わりますが、お付き合い頂けますと幸いです。よろしくお願いします。
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