第17話 父親違いの姉と弟

「ふぉっ、まぶしっ! ……うふふっ! 久しぶりにお会いする旦那様があまりにもステキすぎて、目が潰れるかと思いました!」


 朝方、彼の妻がやってきた。

 王城へ立ち寄るためだろう。シンプルだが品の良い藍色のドレスを着て、耳にもドレスに合わせた青メノウの丸い耳飾りを付けている。栗毛色の巻き毛は、首の後ろでシニヨンおだんごにしていた。


 目が潰れると冗談を言いながら笑う妻。久しぶりに聞く明るい声に、彼の肩の力がフッと抜ける。


「……相変わらずだな」


 呆れたような口調だが、目尻は下がっていた。


「旦那様もいつも通りシュッとしてますね! すらりと背が高くて脚が長くて、とってもかっこいいです!」


 すらりと背が高いと言うが、彼の身長は騎士団基準で言えば平均ぐらいだ。それでも妻と並ぶと頭一つ分以上身長差がある。妻は平均よりずっと背が低い。近親婚を繰り返していた家に生まれた妻は、大きくなれなかったのだ。


 二人で並んで王城敷地内を歩く。

 私設兵に抱っこされていたエミリオは、まだお昼寝から起きそうにもなかったので、私設兵と共に詰所へ置いていった。


「どうですか? 王城での暮らしは」

「……楽ではないな」


 家族の前ではつい、本音が出る。

 彼のため息混じりの言葉に、妻も苦笑いする。


「……やっぱり。娘達もお父様が近くにいるのが嬉しくて、いつも以上に甘えたのではありませんか?」

「まあな。猿山の猿のようだ」


 エリとターニャは四六時中しがみついてくる。甲高い声を出して騒ぐ様は子猿のようだ。少しは静かに過ごしたい……と思わなくもないが、長女のテレジアを見ていると、「今だけかもな」と思い、娘達の好きにさせている。きっと数年後は誰も口をきいてくれなくなり、やっとまた話が出来るようになったと思ったら、男を連れてくる。そんな未来が見えるようだ。


「今はうるさくて仕方ないが、何年もすれば今の日々を懐かしむようになるだろう。このタイミングで、王城勤務になって良かったかもしれない。貴重な時期を子ども達と過ごせる」

「そうですね、エミリオともぜひ遊んであげてください。ずっと旦那様に会いたがっていましたから」

「ああ」


 上三人は倍速で育っているのでは? と思うぐらい発育が良かったが、末っ子長男のエミリオはずっと成長曲線を下回っている。いつまででも小さいエミリオを心配する気持ちは当然あるが、これが最後の子だと思うと、ゆっくり大きくなっている幼い息子を愛おしく思う。


 だが、息子も数年後には進学する。将来のことを考えると悠長なことも言っていられないので、近いうちに軍医に息子の発育のことを相談しようと彼は算段していた。


 (また、かえりみなくてはいけない子が増えるな)


 子ども達は皆愛おしい存在だが、親としては今後のことも考えてやらねばならない。

 たまに会って抱き上げてやるだけが父親ではないのだ。


 家族や仕事のこと、考えることは山ほどあった。


 ◆


「姉上っ!」


 もう少しで謁見の間に辿り着くところで、向かいから赤い髪の青年が駆け寄ってきた。フリルがついた上下真っ白な装いで、きっと彼の顔を知らない者でも、只者ではないと一目で気がつくだろう。


「マルク様っ!? い、いえ、陛下……」

「ははっ、マルクでいいよ! 姉上!」


 突然現れた宗王マルクの姿に、妻は思わず名前で呼んでしまった。マルクと彼の妻は同じ母親から生まれた、父親違いの姉弟であった。


「待ちきれなくて来ちゃった、へへっ!」


 はにかみながら頭をかくマルクに、彼は容赦なく注意する。


「陛下、護衛の者が困りますから大人しく謁見の間に引っ込んでて下さい。あと、廊下は走るなと言ってますよね?」

「ちょっと、その言い方ァ!」

「そ、そうですよ、旦那様」


 彼が苦言を呈すと、マルクは半目になって怒った。

 隣りにいた彼の妻も、主君に対してこの発言はどうかと思い口を挟む。

 彼は眉一つ動かすことなく、お手本のような動作で腰を折る。


「申し訳ありませんでした。陛下」

「別にいいけどぉ! 兄上は間違ったこと言ってないし」

「まったくです」


 胸を張り、スーンとすました顔で宣う彼に、マルクはぐぬぬと唸るが「間違ったことを言ってない」と言ってしまった手前、怒るわけにもいかないだろう。


 マルクは「ごほん」と咳払いをすると、気を取り直して彼の妻に再び話しかける。


「姉上、ごめんね。色々手続きに時間取らせちゃって。血縁者でも特別待遇はしにくくってさ」

「いいんですよ、陛下。私は気にしておりませんから」


 まだ彼の妻は王城を含めた、王城敷地内を自由に出歩ける立場に無い。今日は近衛部隊副団長の彼が隣りにいるため、特別に入城を許可されているのだ。


 三人が話していると、背後から燕尾服を着た老齢の男性がやってきた。どうもマルクを呼んでいるようだ。


「おっと、宰相が呼びに来ちゃった! ごめん、これから外壁工事の打合せがあるんだ」


 マルクは急な打合せが入ったらしいが、それでも一目姉の顔を見たいと思い、慌てて走ってきたようだ。

 ちょうど外からガシャンッと物が倒れるような大きな音がしていた。外壁工事はすでに始まっているらしい。


「マルク様、お会い出来て嬉しかったです」

「うん、僕も。またゆっくり話そうね!」


 嵐のような慌ただしさで、マルクは去っていく。

 そんな二人のやりとりを、彼は注意深く見つめていた。


 一見、仲が良さそうな父親違いの姉と弟だが、彼は知っている。自分の妻が、内心マルクの存在を微妙に思っていることに。


 (奥さんが、陛下相手だと複雑そうな顔をしている……)


 妻は国の南半分を治める侯爵家の一人娘。幼い頃から名家の人間として育ってきたからなのか、よほどのことがないかぎり、心の内を見せようとはしない。


 苦手なものや嫌いなものがあっても、顔に出さないのだ。


 たとえば妻は、身綺麗で口が上手い男が苦手だ。大半の騎士や貴族、従者のことを妻は苦手としているが、彼女は絶対にそのことを周囲に悟らせない。

 相手に苦手だとバレては、色々と面倒なことになるからだ。


 マルクが去り、妻はほっと息を吐く。

 王相手に緊張するのは万人に共通することかもしれないが、彼は自分の妻に違和感を覚えている。

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