第16話 妻と息子の王都移住
ズドォンンッッ!!
閑静な森の中に、銃声音が鳴り響く。
やや薄雲かかった空に、煙が一筋上がった。鳥達が一斉に飛び立っていく。辺りに木の葉が散った。
「ふぅっ! 危なかったわね」
むにりとした腕で、女性は自分の額をぐいっと拭う。くるんと巻かれた栗毛の髪に空色の瞳。飾り気はないが、一目で上質だと分かる藍色のドレスに身を包んだ彼女は、後ろを振り返る。
「皆、
「さすがお嬢!」
「素晴らしい狙撃でした!」
濃い赤色の制服に身を包んだ私設兵達は、歓喜の声を上げる。ドレスの女性の腕には、身長の半分ほどの長さの小銃が担がれていた。
そして、彼らの目の前には今まさに撃ち倒された、黒と白のまだらな剛毛に覆われた獣の姿がある。子どもの背丈ほどあるクロアナグマで、普段は山に篭っているが、稀に人里に現れて家畜を喰らう。
女性はクロアナグマを撃った小銃を満足げに見下ろす。
「……なかなかの威力だわ。撃ちやすいけど、もう少し軽いといいわね」
「はっ、開発担当者に伝えます!」
私設兵に小銃を渡すと、女性は馬車の中へ戻っていく。
馬車の座席には、すやすやと寝息を立てている幼児がいた。
女性達は王都へ向かっている。女性が住んでいた屋敷から王城までは単騎で半日だが、今回は幼児連れということで宿場町で一泊した。だが、それでも幼児の身体には堪えたのだろうか。
「あんなに大きな音がしたのに寝てる。……この子は大物になりそうね」
ドレスの女性は太ましい指で、自分よりも巻きが強い栗毛を撫でる。空色の瞳は優し気に細められた。
幼児を見守っていた私設兵が、女性に話しかける。
「お嬢、王都へ小銃を持参されますか?」
「持っていかないわ。帰りはあなた達の身を護るために使ってちょうだい」
「しかし……」
女主人に断られ、私設兵は言い淀む。
「王都には主人がいるもの。私達の
「お言葉ですが、お嬢。旦那様は陛下の護衛官では?」
「そうだけど。向こうは向こうで私達をどう護るか、考えていると思うわ。勝手に護身用の武器なんか持ち込んだら、主人ががっかりすると思うの」
私設兵は納得いかないと言わんばかりの顔をしつつも、女主人の言葉に持っていた小銃を下ろした。
「ありがとう、心配してくれて。でもね、小銃を部屋に置いていると、子どもがおもちゃにするかもしれないし」
「……そこまで、考えが至りませんでした。申し訳ありません」
「いいのよ」
(皆が心配してくれている)
夫の王城勤務に合わせ、まだ幼い息子を連れて侯爵家の屋敷を出てきたが、やはりわがままだったのではないかと、気が咎める。しかし、これ以上夫と離れて暮らすのは嫌だと彼女は思った。
家族は一緒に暮らしてこそ家族だし、たとえ一緒に暮らせなくても、すぐに会える距離にいたほうがいい。
自分達はこれから、王城近くにある母子寮で暮らす。市井の人間に扮し、身分を隠す。
母子寮の入居者の中に、護衛を潜ませていた。王都は比較的治安が良いとはいえ、何があるか分からないからだ。
夫が暮らす騎士団の寮は、成人者の家族は同居出来ないきまりになっている。
家族ではない者を連れ込む将校が出たりとトラブルが続いたせいらしい。
息子はもうすぐ三歳。半年に一度しか父親に会えないのは可哀想だ。息子は大の父親っ子で、毎日のように「いつおとうさんにあえるの?」と尋ねてきた。その度に切ない思いをしてきたのだ。
「エミリオ、もうすぐお父様に会えるわよ。良かったね……」
息子を起こさないよう、そっと話しかける。風邪を引いていると特に不安になるのか、息子はぐずりながら父親のことを呼んでいた。
やっと父親に会わせてあげられる。そう思うと、自然と女性の顔は和らいだ。
◆
「皆、お母さんが王都へ来る日が決まったぞ」
娘達の前で手紙の内容を発表すると、三人から歓声が上がった。今日はテレジアもいた。
「やったぁぁぁっ!」
「お母様が作った料理が食べられますわぁ!」
「エミリオの風邪が心配ですね」
エリは両手を振り上げ、ターニャは手を握りしめて体をくねらせている。
テレジアは弟が風邪を引いていたと聞き、心配そうな顔をする。
「しばらくはお母さんも大変だろうから、落ち着くまでは母子寮へ遊びに行くのは控えるように」
「ええーー!?」
彼の言葉に、エリは唇を尖らせる。
「エリはいい子にしてるよ」
「まだ母子寮の雰囲気も分からんからな」
「お父様のお部屋に皆で集まったらいかがかしら?」
ターニャはポンと手を叩く。
「それが現実的だろうな。今、お母さんが騎士団の寮へ入れるよう、申請中だ」
「トラブル防止の為とはいえ、煩わしいですね」
「家族間でもトラブルはあるからな……」
母親が父親が暮らす部屋に自由に行き来出来ないと知り、テレジアは複雑そうな顔をした。
近衛部隊以外にも、王城敷地内には各部隊の上級将校が暮らしている。
上級将校は長年妻と別居している者も多く、夫婦仲が冷えている者もいる。愛人を妻と偽って住まわせたり、留守の間に妻が入り込み、自殺を図るような事件がかつてはあったらしい。
今は実の家族であっても、成人者が立ち入る場合は許可が必要になった。許可無き者は、そもそも寮が立ち並ぶ敷地内にさえ入れない。
「あ〜〜、でも楽しみですわね。また、お母様を囲んでお菓子を作りたいですわ」
「これからは時間あるから、皆で遊びにも行けるよね」
「エミリオ、大きくなったかしら」
三人娘は、母親と弟が来たら何がしたいかワイワイ話し合っている。
明るい娘達の姿を見、彼は目尻を緩めた。
◆◆◆
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