第14話 騎士の男、堕天する

 テレジアによって打ち倒された騎士の男は、一人取り残されていた。


「く、くそぉ、あのガキめ……!」


 意識を取り戻した元ワンコ系・イケメン騎士の男は、鼻から滴っていた血を拭きながら立ちあがろうとするも、自分の目の前に出来た影にハッとし、慌てて後ろを振り向く。

 騎士の男は、後ろにいた存在に全身を硬直させ、目を見開いた。


「ふ、ふ、副団長どの……!?」


 そう、テレジアの父こと、本作のダークヒーロー「彼」がいたのだ。


「……ブランドン、あのガキとはうちの娘のことか?」


 彼は目元に真っ黒な影を作ると、蛇のような目でぼろぼろになった騎士の男ブランドンを見下ろす。

 その声には抑揚はまったく無い。

 氷のごとく冷たい声色と視線に、ブランドンは口を震わせる。


「いえ! その! ち、違います……! この工場内を走り回っていたガ……子どもがいまして」

「この工場内には侯爵領の人間しかいない。領民は子どもであっても大切な存在だ。それをガキとは……」

「も、申し訳ございません!」


 ブランドンは即座に立ち上がると、膝に頭が付きそうになるぐらい深く腰を折りまくる。バタバタ身体を折るその様は、まるで壊れた人形のようだ。


「まぁいい、今日は貴様に辞令を伝えに来た」

「えっ……」

「即日で、特務部隊への異動を命ずる」


 彼の命令にブランドンは言葉を無くし、顔面を真っ青にする。ぶわりと全身に冷や汗が湧いた。


「とくむ……ぶたい……、私がですか?」

「不服か?」

「いえっ、滅相もございません!」


 (特務だなんて冗談じゃない……!)


 ブランドンはショックのあまり奥歯をカタカタと鳴らす。特務部隊は裏仕事を主に行う部隊で、常に危険と隣り合わせだ。ここに所属する騎士と兵はスネに傷のある者ばかりで、犯罪者崩れも多いと聞く。そんなところへ何故自分が行かなくてはならないのか──ブランドンは納得出来なかったが、相手は「宗国の猟犬」と呼ばれていた副団長だ。命令に抗うことなど出来ない。だが、特務部隊へは行きたくない。

 ブランドンはふらつく頭で、特務部隊へ行かなくてもよくなる方法を必死で考える。


 (……そうだ、私では力不足だと言おう!)


 ブランドンは今まで人を殺したことがない。それどころか、まともな戦に出たことすらない。そんな自分が、暗殺を生業とする部隊でやっていけるはずなどないのだ。


「副団長殿」

「何だ?」

「私は今まで人を殺めたことがございません。そんな人間に暗殺を生業とする特務部隊の仕事が務まるでしょうか?」


 ブランドンの訴えに、彼は顎に手を当てると、「ふむ」と頷いた。


 (反応は悪くないな)


 ブランドンは希望を感じ、顔色が僅かによくなった。その時だった。


「あるぞ? お前に務まる仕事」

「えっ……!」


 彼はブランドンの希望を打ち砕く言葉を発した。


「特務部隊は暗殺ばかりしているわけじゃない。諜報も大事な任務だ。お前は見てくれも悪くないし、尻の肉付きもいい。何故か上流階級者や軍隊の幹部は男色を好むから、お前は良い間者になれるんじゃないか?」

「だ、男色……!?」


 上官のまさかの言葉に、ブランドンは今日一番のショックを受ける。


「何だ? 不満なのか?」

「い、いえ……その……」

「俺の知り合いに『仕込み』が得意な奴がいる。紹介してやろう」


 ここまで言われては、さすがに何も言えなくなる。

 ブランドンはがっくり肩を落とした。


 ◆


 一方その頃テレジアは、ブランドンに絡まれてしまった作業員の男三人を連れて、馴染みの店へ行っていた。


「皆、好きなものを注文してね」


 座席についたテレジアは、作業員の男三人にそれぞれ微笑みかける。その天使の如く麗しき笑みに、三人は背を丸めてぎこちない半笑いを浮かべることしか出来ない。


 何故ならテレジアが来た店は、内装がピンクとホワイトで統一された、女児の夢が詰めに詰められた空間だったからだ。窓際のカーテンはでっかいリボンで結ばれ、白いテーブルも白い椅子も当然のようにくりんと曲がった猫足だった。


 まるでお姫様の部屋のような空間に、テレジアはフィットしているが、他三人は違和感しかない。


 ここで作業員の男三人の特徴や年齢を雑に説明すると、ブランドンに胸ぐらを掴まれていた作業員は、四十二歳独身、頭部がやや後退しているぽっちゃりさんだ。身長は少しだけ平均を下回っている。

 その作業員といつも昼飯を食べている男は、三十四歳独身、髪はふさふさしているものの、顔にはびっしりとニキビが出来ている。中肉中背。実は綺麗好きで作業服は毎日洗濯してアイロンを掛けている。

 もう一人のノッポの作業員は三十九歳独身で、去年までは恋人いない歴=年齢だったが、半年程前に恋人ができ、来月結婚する……が、長年仲良くしてきた二人になかなか報告出来ずに悩んでいる。


 三人がもじもじしていると、頭にフリルのヘッドドレスをつけたウェイターがやってきた。


「私、ミルクセーキで。皆は?」

「「「お、同じものをおなしゃす!!!」」」


 慌てた三人の声が揃う。


「今日はごめんなさいね、嫌な思いをさせて。これはお詫びだから、どんどん好きなものを頼んでね」


 テレジアは眉尻を下げる。

 彼女は嫌な思いをさせた三人に詫びるため、この店に来ていた。


 三人は何か気が利いたことが言えないかと口を開くが、ろくな言葉が出ない。


 何せ、テレジアは可愛すぎる。ツインテールの黒髪は濡れたように艶やかで、肌は白く、頬に影を作るほど長いまつげに縁取られた空色の瞳は、こぼれんばかりに大きい。桃色の小さな唇にびっくりするほど小さな顔、手足はすらりと長い。控えめに言わなくても、千年に一度の美少女だった。

 花のように良い香りがするし、声は鈴の音のごとく可憐だった。一人を除き、普段女性と関わることがあまり無い作業員達はどきまぎしっぱなしだ。


 言葉が詰まりがちな三人に、テレジアはにこやかに頷く。彼女の父は、顔が良くて人殺しが上手いだけで、実は隠キャなので、言葉数が少ない男には慣れているのだ。むしろ、気の利いたことが言えない男に好感すら抱いている。

 テレジアが近衛騎士のことが嫌いなのも、彼らの口が無駄に上手いからだ。ぺらぺらと甘い言葉ばかり吐ける男など、ろくな奴じゃないと思っている。


 テレジアは作業員達と会話しながら、ブランドンとのやりとりを思い出す。自分はブランドンとは違い、領民のことを敬っているつもりだが、彼ら領民から見れば、煙たい存在だと思われているのではないかと落ち込んだ。


「私、ブランドンには偉そうなことを言ったけど……。あなた達から見れば、貴族は皆煙たいものよね」


 運ばれてきたミルクセーキを柄の長い銀スプーンでかき混ぜながら、テレジアは吐き捨てるように言う。

 その発言にいち早く反応したのは、ブランドンに胸ぐらを掴まれていた作業員だ。


「ち、違います! テレジア様は、テレジア様は……! 私達の光です!」


 その必死な様に、テレジアはパチパチと瞬きする。


「そうだ。テレジア様は素晴らしい雇い主ですし、何より、戦争続きでろくな職歴のない俺達を雇ってくれたのは、侯爵家だけだ!」

「テレジア様とあの騎士は違いますよ、まったくね」


 最初は緊張していたものの、何を口にしても笑顔を絶やさないテレジアにほんの少し緊張を緩めた三人は、ぺらぺらと彼女の素晴らしさを語り出す。


「ありがとう……。今日は本当にごめんなさい。私がいきなり騎士を殴り出したから、驚いたでしょう? 本当は暴力じゃなくて、言葉で解決出来るのが一番なのだけど」

「いやぁ、スカッとしましたよ!」

「私らこそ、見てるだけで申し訳ありませんでした……」


 美少女と、三十代〜四十代の男性作業員達。

 この後、彼らは打ち解け合い、テレジアの門限ぎりぎりまで、楽しいティータイムは続いた。


 夕暮れ時、テレジアと別れた三人は、夕日を背に歩いていた。


「俺、強くなりてぇなぁ……」


 橙に染まる空を見上げながら、ニキビ面の作業員がぼそりとつぶやく。


「何だよ、いきなり」

「俺らが強くなればさぁ、テレジア様は護衛の騎士なんか連れて来なくてもよくなるんだよ」

「たしかに、テレジア様は騎士が嫌いそうだったもんな。お可哀想に」


 うんうんとぽっちゃりな作業員が頷く。


「お前はまだ三十代半ばだし、民間の剣術道場でも行ってみたらどうだ?」


 ノッポの作業員が提案する。


「剣術道場……いいな! 二人も一緒にやろうぜ!」

「私はもう歳だからなぁ」

「ダイエットになるかもしれないだろ!」

「俺はカミさんに聞いてみないとな」

「えっ」

「えっ」


 ここでノッポの恋人バレ・結婚予定が発覚するのだが、それはまた別の話だ。


 ◆◆◆


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