第12話 少女の剣舞
朱色の着物を纏い、模造刀を振るうテレジアを眺めながら、彼は過去を思い出す。
(戦神の舞……)
戦へ出向く男達の無事を祈るための剣舞。
本来この剣舞は母から娘へ伝承されるもので、男は踊らない。だが、彼は兵学校時代に女師範の元へ修行に行った際、剣舞を習得した方が良いと勧められた。
剣舞は剣術の動きをゆっくりにしたもので、基本フォームを覚えるのにうってつけだと言われたのだ。
確かに、剣舞を舞えるようになってからは、剣を振るう動作に迷いがなくなった。女師範の言うことは正しいと思いながらも、「自分が女装してる姿を見たかっただけでは?」との疑念は今でも晴れない。
(なつかしいな)
ずいぶん昔に、舞い手のふりをして宴会場に忍び込んだことがある。あれは十四の時だった。兵学校を卒業した後、士官学校へ入学し、一年程経った頃の話だ。あの頃の宗国は戦続きで、学徒動員は当たり前のように行われていた。
舞台で踊る自分へ注がれる下卑た視線。女性は大変だなと思いながら、持っていた剣でターゲットの首を
あの宴には、敵国の軍隊の幹部らが集まっていた。細い口髭をつまみながら部下には偉そうに指示を出していても、自分の身を護る手段すら持たない愚かなやつらだった。
彼が過去を思い出している間に、曲調ががらりと変わる。先ほどまでのゆったりとした旋律から一転、太鼓を主旋律とした勇ましい曲に変わる。
舞台にいるテレジアの眼光が鋭いものとなる。
それまで彼女になごやかな視線を送っていた観客達も、展開の変化に固唾を呑む。
突如、黒い衣装を着た大勢の舞い手達が舞台へなだれ込んだ。彼らは皆、模造刀を手にしている。
テレジアは、次々に迫り来る刃を見事な立ち回りで交わしていく。演技だと分かっていても、皆、食い入るような目で舞台を見つめる。
やがて敵は一人になり、テレジアは最後の敵を睨みつけながら剣を構え直し、足を組みかえながら、じりじりと距離を詰める。
打ち込んだのは敵からだった。激しい刃の撃ち合いの末、最後、舞台上に立っていたのはテレジア一人だった。
テレジアに一筋の光が当てられる。彼女は剣の柄を握ったまま、天井を見上げた。
テレジアが舞ったのは戦神の舞。最強の剣士と謳われていた父親が殺され、復讐へ一人出向く少女の話だ。
(自分は絶対に負けられないな)
若い頃は戦神の舞を踊っていても感想を特に抱くことは無かったが、子どもを持つと考え方が変わった。
娘を自分の復讐になど絶対に向かわせたくない。
だが、うちの子は三人が三人とも、自ら剣を持って討ち入りへ行くタイプだ。家に篭って大人しく泣いているような娘はいない。
幕が閉じられると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。彼はそっとその場を後にした。
◆
(父上、来てくれなかった……)
汗まみれの額を手の甲でぐっと拭ったテレジアは、舞台裏ではぁっと息を吐く。
父が会場の警護のため、自分の側から離れたことは知っている。髪を首の後ろで縛った騎士がこっそり教えてくれたからだ。
おそらく、この会場には間者が潜んでいたのだろう。
(たぶん、父上は敵を捕まえに行ったんだわ)
間者をやれるような者は手練れが多い。自分の父が最強の騎士だと知っていても、心配になる。
テレジアが机の上にあった手拭いを取ろうとした、その時だった。
「テレジア」
「わっ!」
いきなり背後から声を掛けられ、テレジアは小さく悲鳴を上げる。振り返ると、そこには彼女の父がいた。物音一つ立てず、この父は自分の後ろへ立った。
テレジアは心臓をバクバクさせながら、父へ人差し指を向けた。
「な、何ですか! 足音ぐらい、立ててください!」
「良かったぞ」
「はぁ!? 何がですか?」
「舞台を見ていた」
「え、え、」
(み、見られていたの!?)
瞬く間に、テレジアの顔が朱に染まる。着物の色も相まって、全身真っ赤になった。
「見事だった」
「ほんとうに……?」
父の深緑の瞳が細められる。自分にだけ注がれる優しい視線に、テレジアの空色の瞳にはみるみるうちに涙が溜まる。
だが、それはほんの一瞬だった。
「お、呼ばれているぞ?」
テレジアの父は首を巡らせた。外からは、テレジアの再登場を待ち望む人のコールが巻き起こっていた。
正直なところ、舞台へ上がって挨拶をするよりも、ここで父と話していたいとテレジアは思った。やっと良い雰囲気になったのだ。もっともっと話したいことが沢山ある。
(でも、私は次期侯爵……)
自分を次期侯爵だという目で見ていた人間も、会場にはそれなりに居ただろう。ならば、ここで挨拶をしないのはまずい。
「父上、行ってまいります」
「ああ」
テレジアは恭しく腰を折ると、父に背を向ける。そして、民衆へいつも向けている顔を作った。
◆
舞台へ上がるテレジアの背を見届けた後、彼は第一調理場へ向かった。
応援に呼んだ特務部隊の者達がはめを外していないか、確認するためだ。客人へ出せなかった料理を自由に飲み食いしてもいいとは言ったが、物事には限度がある。
彼が第一調理場を覗くと、そこには見知った顔が一人いた。
「うまい! うまいぞ! これは!」
そこには瞳をらんらんに輝かせた、特務部隊団長のブルーノがいた。
口元に米粒をつけ、山盛りのほかほか白米の上に蒲焼きをのせ、むしゃむしゃと食っている。
今回の宴は南方地方由来のものなので、食事も南方料理中心だ。特務部隊の人間は南方出身者が多いので喜ぶだろうと思っていたが、宗国人らしい見た目をしたブルーノが先陣を切って食べているとは。
「団長、まだ毒物検査は終わってませんよ?」
「はぁ? 検査なんて待ってたらメシが冷めちまうだろうが!」
調理場の奥の方にいた、部下らしき男が呆れた様子で顔を覗かせる。
「うまいうまい、最高だ!」
カッカッカッと白米をかき込むブルーノの姿を目にした彼は、そっと扉を閉める。
(放っておこう……)
もしかしたら毒に当たるかもしれないが、ああいう男はなんだかんだで生き残るものだ。
彼は小さくため息をつくと、テレジアがいるであろう控室へ足を向けた。
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