第3話 次女と三女
「パパ、お城に住むって本当!? 毎日ここにいるの?」
「正確に言えば、王城敷地内にある騎士団の寮に住むぞ。……まぁ、毎日いるんじゃないか?」
黒髪ショートボブの少女が、深緑色の瞳をきらきらさせながら彼の制服の裾を掴む。
期待が混じった少女の問いに、彼は淡々と答える。磨かれた黒曜石のように、艶やかな髪をわしゃわしゃと撫でた。
マルクとの謁見後、彼は近衛部隊の詰所で娘達と会っていた。娘達は普段から、この詰所に出入りしている。どこかで見聞きしたのだろう。すでに彼が王城勤務になったことを知っているようだ。
「やったぁぁ〜〜! これからは毎日宿題手伝ってもらえるぅ!」
「いや、自分でやれよ」
この黒髪ショートボブの少女の名はエカテリーナ。愛称は「エリ」。彼の二番目の娘である。彼女は歓喜の声をあげ、父親の腰にがばりと抱きつく。
「まったく、エリは図々しいですわね」
そのエリの後ろで栗毛の長い髪をふぁさりと掻き上げ、空色の瞳を細めているザ・お嬢様然とした少女は、三女のターニャだ。
次女エリはムッとしながらターニャを睨む。
「なんだよ、ターニャ! ターニャだって『お父様が王城勤務になったら、王子様と出会えるチャンスですわ〜〜!』って騒いでたじゃん」
「まあ! 私はただ、お父様を通じて異国の方との交流を広げたいと思っただけですのよ!」
(相変わらず騒々しいな……)
にぎやかしい二人の娘を見て、彼は微笑ましく思いながらも苦笑いを浮かべる。
娘達の容姿は彼に似ていて、美少女と言っていい外見をしているが、中身はかなり個性的だ。
「ねえ、パパ。今年の夏は修行に行ってもいいでしょ?」
「駄目だ。今年も皆で侯爵領へ帰るぞ」
「ええ〜〜! もうエリは二年生なのに?」
灰色のショートパンツの制服を着たエリは、見た目通り快活で、「強くなりたい」「エリより強いやつに会いに行く」と口ぐせのように言っている。
父親が子どもの頃、兵学校が休みの間は修行に出ていたと聞き、自分も南方地方へ行きたいとずっと駄々をこねているのだ。
「お父様、要人護衛の予定はありませんか? 他国の若い王子様が遊びにいらっしゃる予定とか……」
「いや、特にないな」
長めの灰色キュロットスカートの制服を着たターニャは、両手の指を擦り合わせながら上目使いで父親を見上げるも、「特にない」とはっきり言われ、ぷくっと頬を膨らませる。
王子様との出会いを夢見るターニャには、夢があった。
エリはにやにやしながら、ヒューと口笛を吹く。
「ターニャは王子様と出会って結婚したいから、騎士になりたいんだもんな」
「違いますわ、エリ。騎士を目指しているのは、王子様をお守りする力を得るため。結婚するには、まず王子様と出会う必要がありますわ。騎士になってから出会ったのでは、遅すぎます」
エリのからかうような言葉に、ターニャはぴしゃりと自論を口にする。
「十数年後の結婚を見据えて、今、十代半ばから後半ぐらいの王子様と出会えるのがベストなんですけど」
「だってさ、パパ」
「……まぁ、もしも王子様の護衛依頼が来たら、ターニャも連れていくさ」
「絶対ですわよ!」
おませを通り越して婚活女子のようなことを言うターニャ。彼は気合いの入る娘に内心引きながらも、手のひらでぽんぽんと彼女の頭を軽く。
そして、彼は部屋を見渡す。
もう一人いるはずの、娘がいない。
「エリ、ターニャ、お姉ちゃんはどうした?」
彼の言葉に二人は顔を見合わせると、同時にしゅんと眉尻を下げた。
「お姉様は部活動で忙しいんですの」
「姉者、今部活を五つ掛け持ちしてるから」
「は? 五つ?」
確かこの間本人に尋ねた時は三つだったはず、と彼は戸惑う。長女のテレジアは文武両道を地で行く娘で、運動でも勉強でも何でも出来る上、芸術や音楽の才もあった。元々部活動の勧誘は頻繁にあったようだが、五つの掛け持ちはいくらなんでも多すぎる。
「断りきれなかったのか?」
「んーん、違うよ」
「お姉様は立派な領主になるために、色々な経験を積んでいる最中なのですわ」
「色々な、経験?」
「姉者は気合い入ってるんだよ。皆に尊敬される良い領主になりたいってさ」
二人の娘の言葉に、彼はどう反応してよいか分からなかった。長女は一世代飛ばして領主──侯爵になる。まだ長女は九歳なのですぐに家督を継ぐわけではないが、子どもなりにプレッシャーに感じて、頑張りすぎているのかもしれない。
「なるほど。頑張るのはいいが、少し頑張りすぎかもしれないな……」
「夜も、エリ達が寝る時も机にいるんだよ、姉者」
「うむ……」
「お父様から一言言って頂けるとありがたいですわ。私達が注意しても、お姉様は聞きませんもの」
「そうだな、俺から言っておこう」
(とはいえ……)
長女と会うのはなかなか難しい。長女は彼に会いたがらないからだ。だが、王城勤務になったことで、今までよりも話す機会は増えるだろう。
彼はこれを機に、長女としっかり話し合おうと心に決めた。
(義父上がテレジアを次期侯爵と指名してから、遠慮があったような気がする)
いや、遠慮があった。どこか腫れ物を触るような感じで、長女と接していた。長女にもそれが伝わっていたのだろう。だから避けられていたのだ。
「お前達、心配するな」
「姉者もパパも不器用だからなぁ〜〜」
「似たもの親子は苦労しますわね」
娘二人のため息まじりの声が、詰所の一室に響いた。
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