地元の怖い奴への後悔

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地元の怖い奴への後悔

猫がいた。向こうから近づいてきて足元で体を擦り付けてきた。ゆっくりとかがみ、そっと背中を撫でてみる。逃げ出す様子も嫌がる素振りも見つからないので、しばらく猫と戯れようと今、決めた。


しばらく癒されてると

「その猫、うちの子なんだ」

と背中から声をかけられた。


「あ、探していたんですか?」

と振り返ってみると、そこには知った顔あった。おそらく自分の表情は凍りついていただろう。


彼は近所で悪ガキ、ヤンキーとして有名な男だった。

彼のグループはよく警察にお世話になっており、悪い噂もよく聞いた。同世代から関わったらいけない人が出た、なんてクラスメイトが話したのを覚えている。


そんな彼が、猫を飼っている…?

猫に向かって石を投げて遊んでいた、この彼が?


驚きと疑問で何も言えずにいると、彼は私の隣に座り込み、猫の頬や顎を撫で始めた。猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしだす。


「見つけてくれてありがとな。ふらっと外に行く事はあったけど、数日見かけなくて探してたんだ」


こっちの方を見ずに猫を撫でながら言葉を漏らす彼に対して「そうだったんですね」と、当たり障りのないように気を付けて答える。緊張のせいか、自分もまた猫を撫でながら。


彼は猫を抱き上げ、私も一緒に立ち上がる。揉めることの無いように早くここを離れたい。その気持ちで歩き出そうとする。


それを止めるように彼は今度はしっかりとこちらを見つめて声を掛ける。


「前に一緒に遊んだことあったよね?元気だった?」


覚えて、いたのか。


幼い頃、記憶の中でもかなり古い、それほど幼いころ、彼とは一度だけ公園で遊んだことがある。


幼いので門限は早く、帰ろうとする私を、彼は泣きながら引き止めた。行かないで、一人にしないで、一緒に居て、と叫びながら縋りついてきた。


可哀想と思ったが、それよりも帰りが遅いことを怒る親への恐ろしさが遥かに勝り、怒られてしまう、また遊ぼうね、などと言い、なんとかして帰ろうとした。


しかし彼は決して離すことなく、外が暗くなってきて確実に叱られると思った私も、彼と一緒に泣いてしまった。


私を探していた母が二人の叫び声に気付き、事情を知った母は怒ることなく、私は無事に帰る事ができた。


どうやって彼と私を引き離したのか、残された彼がどんな顔をしていたのかは、覚えていない。


次に彼に出会った、いや、気付いた時は小学生の低学年の頃。


彼はよく叱られ、頻繁に誰かを泣かせ、タバコを吸う6年生を慕っていた。


私から話しかけることは無かった。別人のような彼は、私を覚えてすらいないだろう。


そう思っていた。大人となった、つい先程まで。


…振り返って彼の顔を見るまでの僅かな時に、数少ない彼の記憶が蘇る


彼は穏やかな表情で、猫を抱く姿には違和感もギャップもなかった。彼のイメージの中で、一番古い、あの幼い頃の顔が最もリンクしている。


今なら分かる。彼はネグレクトを受けていた。


飢えはしない、軽いと言える程度かもしれないが。


親に叱られることを恐れた私と、帰っても誰も居ない孤独を恐れた彼とでは、生きることへの恐怖、苦しみがまるで違ったのだ。


私が「また遊ぼうね」という小さな約束を守っていたら、何か、変わっていただろうか。

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