第46部 ji

 自転車は姿を消し、シロップは空気抵抗を受けながらゆっくりと地上に戻ってきた。つま先から踵へ順に地面に接触する。前に足を差し出すとともに、徐々にスピードが遅くなっていく。まるで翼でも生えているかのように、軽やかな着地だった。


 目前に現れたフェンスの手前で彼女は立ち止まる。降り立った先は、一面芝生の空き地だった。背後を振り返ると、そちらに斜面が続いている。その向こう、遙か先に住宅街の点々とした明かりが見えた。頭の上は雲に覆われている。月も星も見えなかった。それなのに、どこか明るい印象を受ける。雲自体が照明の役割を担っているのかもしれない。


 手の中にデスクがいた。硬質な感触。


「ドウカサレマシタカ?」と、彼が赤い光を点滅させながら話す。


 シロップは何も言わずに彼を抱き締める。


 フェンスを抜けた先には、いつかルンルンと来た公園があった。今は誰もいない。敷地の周囲を背の高い木々が覆っている。ルンルンに壊されたブランコも、今は何もなかったかのようにもとに戻っていた。彼女が直したのだろうか。それとも、そのブランコも、彼女によって作られた物の怪だったのか。


 公園の中のベンチに腰を下ろす。ブランコと違って、地面を蹴っても前後に揺れたりはしなかった。


「静か」シロップは呟いた。「こんな所に一生いたい」


「アナタサマノイッショウハ、アト、ドノクライノコサレテイルノデショウカ」


「さあ」


「ケイサンデキマスカ?」


「してどうなるの?」


「ケイカクガタテラレマス」


「立ててどうするの?」


「アンシンスルノデス」


「安心か」シロップは上を向く。「どうして、安心なんてしたかったんだろう」


「フアンダッタカラデス」


「では、どうして不安だったんだろう」


「アンシンガナカッタカラデスヨ」


「それって、誰かに与えられるものなんだろうか」


「ソレヲキタイスルキモチハ、ワカリマス」


「コンピューターなのに?」


「コンピューターダカラデス」デスクは言った。「ソレヲキタイスルトイウノガ、ドウイウジョウタイナノカ、キチントテイギサレテイルノデスカラ」


「今は、安心も、不安もない」


「ソウデスカ?」


「全部、流れていくだけだと思う」


「スベテ、アナタサマカラウマレタモノダカラデスカ?」


「うん……」シロップは頷く。「全部、私と繋がっているから」

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