第21部 de
デスクに掴まって、真っ暗な夜の海を渡った。足の下は底なしのように見える。黒い水がうねり、絡まって、自分をその下へ引き摺り込むみたいだった。しかし、水は自分をその内に完全に取り込むことを目的とはせず、あくまで、引き摺り込む、そのプロセスを楽しんでいるようだ。
塩水がまた口の中に入った。
濡れた髪がまた頬にへばりつく。
又々。
デスクに水中を移動するような機能があるのか、それとも潮の流れでたまたま行き着いたのか、気づくと、シロップは砂浜に打ち上げられていた。頭の上に空がある。横にも、縦にも、果てしない。こうしていると、この世界が間違いなく現実であるように思えてくる。それだけの力があった。とても、こんな無意味なものは人間には作れない。ただ、ずっと、広いだけの空間なのだ。目的もなく、ただひたすらに、ずっと……。
横たわってばかりだな、とシロップは思う。
けれど、それは今までもそうだったかもしれない。
部屋の中に閉じ籠もって、よくごろごろしていたではないか。
隣を見ると、濡れたデスクの筐体があった。シロップは彼を引き寄せて、そっと腕に抱く。
「オソカッタデハアリマセンカ」とデスクが言った。
「うん……」シロップは応える。
「ソノキズハ、モウダイジョウブナノデスカ?」
デスクに問われ、シロップは首を持ち上げて自分の腹部を見る。衣服の上からだから分からないが、感覚的にも、もう、何ともないように思えた。ただ、血液は服に染み付いている。その量を鑑みると、彼女の傷が何によって塞がれたのか、説明がつかなくなってしまう。現象の前後で質量が合わないからだ。
空気によって塞がれたのかもしれない、とシロップは思う。
なるほど、そういう意味で、自分はルンルンと同じなのだろうか……。
「ここから家まで、どのくらい?」シロップは尋ねた。
「ワカリマセン」デスクは答える。「カエリタイデスカ?」
「うーん、もう少し、こうしていたい」
シロップは、この場所をなんとなく知っているような気がした。けれど、生き物は、皆海からやって来たという。そして、海は、今でも世界中と繋がっている。天動説を信じれば、この場合の世界というのを、地球から、宇宙へと、拡張することも容易だろう。
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