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難しそうな顔をしている山ノ内を見詰めながら、空気を吸い込む。
そして、ゆっくりと息を吐いた・・・。
冷たい空気の中、私の息が白く白く広がる・・・。
それを見ながら、山ノ内に伝える。
「敏腕経営者だったんでしょ?」
「それは随分と誇張されているね・・・。」
「クソ親父の会社は、お願いね。
兄貴にも弟にも見放された会社なの。」
「2人とも優秀だったようなのにね・・・。
特に、弟さんは・・・弟さんは凄いよね。」
「あのクソガキは、色んな意味で凄いのは認める。
そんな2人から・・・見放された会社なの。」
山ノ内は・・・山ノ内拓実は、クソ親父の会社に“将来の社長候補”として入社をしてきた。
知らなかった・・・。
私は、そんな大切なことを知らなくて・・・。
山ノ内と関係を持ってしまった・・・。
1度だけと思って、関係を持ってしまった・・・。
この人も、私が社長の娘だとは知らなくて・・・。
関係を持ってしまった・・・。
凄く、良い男で・・・。
何も迷うことなく関係を持ってしまった。
1度だけと思って・・・。
ホステスであることも言わなくて・・・。
何も考えず、ただ・・・
私も夢中でこの人を求めてしまって・・・
求めてしまって・・・
それくらい、良い男で・・・
それくらい、好きになってしまって・・・
それくらい、それくらい・・・だった。
結婚も妊娠も望まない私が、一晩だけでも夢を見てしまうような・・・
それくらい、だった。
だから、言ってしまったんだと思う。
だから、あの時・・・
喫煙所で言ってしまったんだと思う。
言わなければよかった。
言わなければ、あのまま・・・
あのまま、綺麗な夜で終われていたのに。
「君と俺の世界は同じだよ。」
この人とのことを考えていた時、山ノ内が言った。
震える唇で、鼻を真っ赤にして言った。
「全然違うから。」
「同じだよ。
ただ、時間が違うだけ。
同じ世界の中、違う時間を生きているだけ。」
山ノ内がそう言って・・・
タバコのポーチを渡してきた・・・。
喫煙所で山ノ内からの言葉を断った私に、タバコのポーチを離してはくれたなかった。
それを今、私に渡してきた。
ゆっくりとそれを受け取ると、山ノ内が・・・言った。
「同じ世界の中にいるから、違う時間を生きていても必ずどこかで重なる。
だからあの日、重なった。」
「あの、1度だけ・・・。」
「そうじゃない。きっと、また重なる。」
山ノ内に何か言い返そうと口を開けるけど、その口からは何も言葉が出ない。
その代わりに、白い息だけが何度も小さく出ていく。
「俺は、タバコの煙が大好きなんだ。」
私の唇から漏れていく白い息を、山ノ内が・・・どこか懐かしそうな顔で見詰めながら、赤くかじかんでいる指先で触れた・・・。
「響ちゃんが吐き出すタバコの煙を知ってしまったから、俺はもう・・・」
そう言いながら、赤くかじかんだ手を唇の前からゆっくりと動かし、私の頬を包んだ。
冷たくなったと思っていた頬より、山ノ内の手の平の方がずっとずっと、冷たい。
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