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高級住宅が並ぶエリア、その中にある私の実家の扉を静かに開ける。
静かに歩きながらリビングに入ると・・・
ダイニングテーブルの椅子に座り、爺さんが呑気にお茶を啜って飲んでいた。
その姿に笑いながら、爺さんの向かい側の席に座る。
爺さんは驚いた顔をして私を見ていて、すぐに照れたような顔で笑った。
「おはよう、ジジイ。」
「おはよう、響歌ちゃん。」
「朝から呑気にお茶なんて啜って飲んで、幸せじゃん。」
「そうだね。幸せで。」
爺さんがシワクチャの顔をもっとシワまみれにして笑っている。
その顔を見ながら、リビングの隣の部屋にある仏壇まで歩く。
仏壇に線香をあげ、チーンってやつを鳴らして両手を合わせる。
私のママを産んだ母親と育てた母親の仏壇。
その2人に両手を合わせる・・・。
瞼を強く強く閉じ、両手を合わせる・・・。
ゆっくりと目を開けると・・・
爺さんが私の隣にちょこんと立っていた。
その爺さんの顔を見ることなく、仏壇に並んだ2人のおばあちゃんの写真を見ながら小さな声で言う。
「もしかしたら、妊娠したかも。」
私がそう言うと、爺さんが何も言わず・・・。
震える両手をコートのポケットにまた入れる・・・。
「じいちゃんが一緒に育ててやるから。」
そんなことを言って・・・
こんなヨボヨボの爺さんがそんなことを言って・・・。
80歳になるヨボヨボの爺さんがそんなことを言って・・・。
「100歳まで生きて、一緒に育ててやるから。」
その言葉に、泣いた・・・。
震える両手をポケットから出し、流れ続ける涙を何度も拭う・・・。
頭の上には少しだけ、爺さんの手がのせられていた・・・。
あの後、ヨボヨボの爺さんを連れて、初めて近所のカラオケ屋に連れてきた。
ヨボヨボの爺さんが、歌い慣れた良い声で演歌を歌う。
画面に写し出される歌詞も見ず、嬉しそうに笑って・・・私を見ながら歌ってくれる。
「上手いじゃん。」
「若い時はもっと上手かったんだよ。」
「それは残念、もうジジイだからね。」
ヨボヨボの爺さんが、そんな悪口を言われてもニコニコ喜んでいる。
それに笑いながら私はマイクを持ち、立ち上がった。
そして、メロディーを聞き・・・
空気を・・・吸い込む・・・。
爺さんを見ながら、吸い込んだ空気を吐き出した・・・。
腹に力を入れて、吐き出した・・・。
私も、演歌を歌った。
故郷を想う・・演歌を歌った。
私が歌う演歌を聞き、爺さんはボロボロと泣いていた・・・。
*
「ジジイ、無理して食べないでよ?」
爺さんが食べてみたいと言うので、お洒落なカフェでピザを注文した。
爺さんはシワシワの手で、顔をシワクチャにして・・・嬉しそうな顔で食べている・・・。
そんな爺さんを見て、泣きたくなる・・・。
それを誤魔化すように、私もピザを口に詰め込んだ。
*
「響歌ちゃん、今日はありがとう。」
「楽しかったでしょ?」
「僕には都会は合わないからな。」
「それじゃあ、またデートしてやるよ!
ジジイ!!」
あんなに楽しそうにしていたのにそんなことを言うので、また連れ出すことにした。
この爺さんは、私の本当のおじいちゃんではない。
私のママの育ての母親、その内縁の夫。
ママの母親は良い家のお嬢様で、婚約者がいた。
結婚前にその婚約者から妊娠させられ・・・その直後、家の事業が傾き婚約者が逃げた。
その後に家が潰れ、ママの母親の両親まで次々と亡くなり・・・
ママの母親と一緒にお姉さんが、ママを育ててくれた。
ママの母親は身体が弱い人で、ママが5歳の時に亡くなった。
それからは、ママの母親のお姉さんがママを育てた。
「響歌ちゃん、気を付けてね。」
実家の門の前で、爺さんがシワクチャの顔をもっとシワクチャにして私に優しく笑いかけてくれる。
ママのことをずっと一緒に育ててくれた、内縁の夫であったこの爺さんが・・・。
「今度、上等な服でも買いに行こう!!」
そう言って、ヨレヨレの服を着ている爺さんに笑い掛けた。
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