瞳が恋を語るなら
おともミー@カエル
プロローグ☆前編 【色】の記憶
色、というものがわからなかった。
空の青も、雲の白も、新緑の明るい緑も。
お城の温室の赤い屋根も、父親の着用する騎士団の青いマントも。
みんな、みんな同じだった。
みんな同じ色の記憶の中で、唯一【色】として記憶があるのが・・・一面に広がる草原一面を覆う黄色の花。
その中で佇み、こちらを振り返って笑顔を見せた母親の、陽に透けて金色に輝いていた髪の色。
*
その少女は・・・その、記憶に残る【色】を思い出させた。
「ヴィンス」
背後から自分を呼ぶ声に少年はハッとする。
振り返ると、少女のような笑顔を浮かべた母親が、こちらに向かって手を差し出していた。
「どうしたの?用事は済んだから、ママと帰ろう?」
少年が慌てて駆け寄り、差し出された手を取ると、母親は繋がれた手を軽く振るようにした。
「誰か、知っている人がいたの?」
「・・・」
気まずそうに眼をそらす息子に、母親の明るい空色の瞳が優し気に細められる。彼が目で捕らえていた方へ視線を向けると、この時期ミッドガル高原に咲き乱れるロメリアの黄色い花弁を思わせる、綺麗な金髪を長く背まで伸ばした少女の姿が。
身に着けている服装から、少女が山岳兵団の一員であることがわかる。
ミッドガル街の中心にある市場の片隅で、屋台で花を売っている老婆の手伝いをしているようだった。
「あら、あの娘・・・」
「ビビ!」
母親を呼ぶ声に振り返る。
「カルメン」
「なによ~もう帰っちゃうの?久しぶりにゆっくり話せると思ったのに」
母親とはひとまわり歳の離れた友人である、カルメン・フォン・ゲレスハイム。
ここエセルの砦を拠点とするヴァルカン山岳兵団を統べる、五大軍人貴族のひとつであるゲレスハイム家の当主にあたる。
癖のない黒髪を頭の後ろの高い位置でひとつにくくり、よく日に焼けた肌に、タレ目の青い瞳は温和な雰囲気を思わせるが・・・性格は至って戦闘狂で。背中に下げた大斧を手にすると人格が変わる、と兵団内では恐れられている女傑でもあった。
「ごめんね?今日はヴィンセントの誕生日なの。久しぶりに家族揃うから・・・」
申し訳なさそうに母親は手をつないだ息子の肩をそっと抱き寄せる。ああ、と納得したようにカルメンは笑顔を見せた。
「そっかぁ、それじゃ仕方ないね!ヴィンセント、いくつになった?」
ひょい、とかがんで少年・・・ヴィンセントと目線を合わせ、カルメンは尋ねる。
「・・・7歳になります。カルメンさん」
くい、と少しずれた黒ぶちメガネを指先で押し上げるようにして、ヴィンセントは答えた。カルメンはおや?と首をかしげる。ヴィンセントの視力がメガネを必要とするほど悪い話は聞いていなかったからだ。
「来年はもう王立学園に入学よ?ほんと早いわよね」
母親のビビがくしゃりとヴィンセントの黒髪を撫でる。
「誕生日にメガネが欲しいっていうから、フィオン君に・・・兵団お抱えの職人を紹介してもらおうと思ったら、フィオン君が直々に相談に乗ってくれて。今日できたところなの」
フィオンはカルメンと同じ軍人貴族のひとつ、ミラー家の一人で。長子に家督を譲ってからは優れた魔具職人として名をはせていた。
ね?とヴィンセントの肩を軽くゆすると、ヴィンセントもまたうなずいて見せる。
なぜ普通のメガネを作るのに、わざわざ魔具職人であるフィオンが?と一瞬疑問がよぎったが・・・ふうん、と目線を元の位置に戻し、カルメンはぽんぽんとヴィンセントの肩を叩いた。
「来年入学かぁ。じゃあ、また騒がしくなるわね~」
ヴィンセントには3つ年上の10歳になる兄がいる。イライザ・サルティーヌ。エセルの砦から離れた王都ガドル王立学園の三年に在学している。
きらきら陽に透ける金髪に、明るい空色の瞳。思わず拝みたくなってしまう天使を思わせる笑顔に、ついたあだ名が"
母親であるビビ・サルティーヌの美貌を色濃く引き継いだ容姿のイライザは、幼少の頃から目立つ存在だった。しかも、父親であるカリスト・サルティーヌも容姿端麗に加え、ガドル王国武術組織を統べるハーキュレーズ王宮騎士団の総長という肩書き持ち。その美男美女の両親の血を継ぐサラブレットを、周囲が放っておくわけもなく。
入学式翌日には、騎士団総長の執務室には山のように釣書が届いて執務どころではなかった、という。王家が王命を出し、本人が成人するまで釣書を送り付けるのを禁止したほどだ。
「大丈夫よ。前もって陛下が貴族院には通達してくださっているし、イライザの時のような騒ぎにはならないと思う」
高名な親を持つと大変ね、とカルメンが笑うとビビは思わず苦笑い。あの時の夫のカリストの不機嫌さは半端なかった。王命が出なかったら机に積まれた釣書は重要書類ごとすべて燃やされていたに違いない。その時のことを思い浮かべながら、ビビはああ、と声をあげた。
「思い出した!あの娘・・・イライザと同じクラスだったわ。確か、ええと」
ビビの視線の先を追い、カルメンはこちらに背を向けている山岳兵団姿の金髪の少女を見る。
「ティリー・バルベルデ?」
「そう、鍛冶職人のダッド師匠の孫娘だったわよね」
ダッド・バルベルデは、ヴァルカン山岳兵団では名の知れた鍛冶職人で齢はすでに80歳を過ぎ。王都の職人ギルドでも一目置かれた大御所的存在である。
二人の会話を頭上で聞きながら、ヴィンセントは再度目線を金髪の少女へと向ける。
ヴィンセントの知る、山岳兵団の同じ年ごろの子供たちは・・・皆、大人の階段を昇りたい背伸びをしたい時期なのか?男女ともども兵団から支給される、模擬戦用の武器を必ず身にまとい、時には練兵場で子供同士で手合わせしたり、初級ダンジョンへ潜ったり・・・と鍛錬を欠かせない体育会系なイメージがある。
母親の友人であるカルメンの第四子も
兄のイライザは別として、ヴィンセント自身まだ幼いせいもあって、鍛錬にはまったく興味がない。なのに武人の頂点に立つ父親をもち、イライザの弟、ということだけで勝手にヴィンセントという人間を想像して妄想し、期待を押し付けてくるのだからたまらない。
そうか、とヴィンセントは納得する。
ヴァルカン山岳兵団は、ガドル王国の【盾】
建国してから長きにわたり、兵団の拠点である巨大なエセル砦とミッドガル山脈を背に、その名の通り王国の【盾】として外部の侵略から王国の平和を護ってきた、巨神の血を引き継ぐ誇り高き一族。
あの少女・・・ティリー・バルベルデには、その山岳兵団特有ともいえるギラギラした闘争心がまるでないのだ。
模擬戦用の武器の代わりに、両手いっぱいの花束を抱えて、通りを歩く人々に笑顔で対応している。その大輪の花のような笑顔から目を離せなかった。
そう、幼いヴィンセントの記憶に残る唯一の【色】。この時期ミッドガル高原で満開に咲き乱れるロメリアの花、を思わせるまぶしい笑顔。
ヴィンセントは知らず自分の体温が上昇していくのを感じていた。
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