エンカウントしました

 もう少しで学校が始まってしまうという、ある種の憂鬱感が頭の中を支配する今日この頃です。その心とは裏腹に、朝の家事とかはスムーズにできるせいでやることがなくなるんですよね…


「散歩でも行きましょうか?」

「その口調だと、僕が飼われているみたいな言い草で嫌なんだけど?」

「別に犬に近くなったからって、散歩が好きになったわけでもないんですよね。」

「じゃあなんで?買い物だけで鈍らないと思うけど。」

「いやあ、もともと引きこもりだったもので、意外と日本の外に慣れていないんですよ。これから登校もしますし、都会に情報量に慣れておかなければ…」

「学業はきちんとできそうなの?受験は君がしてたけどさあ。」

「一般入試で余裕でしたよ、斗和もイギリスで勉強していたようですし。まったくためにはなりませんでしたが。」

「外国から来たのに首席入学かますとかさあ…、ちょっとは加減とかできないの?」

「隠していてもどうせばれますし、めんどくさいので。私は真っ当な普通の人間ですので、二年間ブラフのあった私に国語までも惨敗するとか、そっちの方が悪いと思いませんか?」

「開き直ってるとこ悪いけど、入学式のときに何か読むんじゃなかったっけ?練習しなくて大丈夫なのかなあ?散歩なんかして現実逃避だけは完璧だよ…」

「ともかく、損もありませんし、たまには何も考えずに外出してもいいでしょう?」

「暇人なのか苦労人なのかはっきりしようよ?正直落ち着いた生活はこれから望めないと思うんだ。」

「同感ですが…、近くの公園に行ってみましょうか?」

「ああ、あの駅の近くの場所か。」

「花も咲いていましたし、中の資料館も気になるので…」

「配信のことはいいの?」

「私たちがとやかく言ってもしょうがないので、あの面接官さんにすべて任せようと思っています。」

「いいの?君が支えたくなるような子じゃないかもしれないのに?」

「あの人に限ってそれはないでしょう。」


 服を選びたいのですが…、いつものTシャツでは味気がありませんね。いっそのこと、フリフリにでも挑戦しましょうかね?まだ自撮りのノルマが終わっていないのですよ。


 とりあえずやってみなければわからないと考えた私は、薄い水色のドレスを身にまとっていました。


「君、そういうの着るのに抵抗とかないのかい?腐っても元男だろうに…」

「いや、正直性別はどっちでもよかったんですよ。日頃の生活はそれとして、自分の性別がどちらでも、好きになった相手が男でも女でもためらわないタイプだったもので。」

「結果論がひどいね。まあ、そのドレスは似合ってるよ。いや、ドレスというのかなそれは?」

「日常使いでもギリ大丈夫なデザインですから、おしゃれなお姉さんだと思われてしまうかもしれませんね?」

「一回痛い目見た方がいいと思うよ?真面目に。」



 駅のすぐ近くで、自然が生い茂っているこの公園は、とても空気が澄みわたっており、都会の喧騒とは全く無縁のような場所でした。


「当初の目的と違う気がするんだけど?」

「あ~空気がきれいだと心も落ち着きますね。ひとっ走りでもしたい気分ですよ。」

「セリフと顔が全く合っていないの、どうにかした方がいいと思うけどなあ。」

「さすがにここで人狼モードに移行したら駄目ですよね?(うずうず)」

「あーしまった、今日満月か~?」


 とても今気分がいいのに、斗和は焦っていますね。久しぶりの自然にこちらはワクワクしてたまらないというのに、不思議ですね。


「確かにまともだったらこんな服着てこないよね…。ああ、ニュース見るのを習慣化していればっ!…」

「ごちゃごちゃ言ってねーで、資料館に行きますよ?」

「わ、わかったよ(理性は残ってる…のか?)」


 この公園の歴史の歩みやらなんやら、子供のころはこういうの苦手でしたけど、年を取っていくとなかなか粋に思えてくるんですよね。(万年引きこもりの意見)


「うわあ、やっぱり不純な動機だったね。」

「単なる知識欲もありますからね?」

「こういう時は知識欲って言わないと思うのは僕だけかな…」


 一通り展示物を見終えたので、公園の散策を再開しましょう。…と思ったのですが、何やら草原の中心でうずくまっている影があります。


「あれ、なんでしょうね?」

「関わらないのが一番楽ちんだと思うよ~」

「それはそうですが、まあ何もなければそれでいいということで、話しかけてみましょう!」

「変なところでテンション高くならないでほしいんだよ、わかりにくいからさ。発音の強弱だけでしか判断基準のない僕をもっといたわってくれ。」


 軽口を叩きつつも、ゆったりと人影に近づいていきましたが、何やら慌てている様子ですね。ここからだと分かりますが、年を取ったおじさんおばさんではなく、帽子をかぶった少女の様でした。


 ジ〇リみたいだなあ、と思いつつも後ろから声をかけてみます。


「何かお困りですか?」

「あっ!すみません。私、ここに来るのが初めてなのですが、スマホの充電が切れてしまって…。引っ越す予定の場所がどこかも、ここがどこかもわからないまま、駅に帰ることもままならなくなってしまったんです。」

「そうですか、ではこの辺りが引っ越し先なのですね?」

「はい…」

「では、私の家に来ますか?」

「え?」


「何言ってんの!?遂に頭おかしくなっちゃったの?いつものトワを返して!」

「え?何今の声??」

「しまった(小声)」


「この街をあまり知らないようなので、コンビニで充電を待つのは難しいでしょう?しかも、見た目からして学生なので、英城大学に入るのでは…と。」

「そ、そうなんです!よくわかりましたね…」

「間違っていたら悪いのですが、もしかして鷲見さんではありませんか?」

「え!?どうしてそれを?」

「顔を見て何となくですね。私があなた様の世話係となったトワです。」

「ええ!父から同い年と聞いていたのですが…」

「そんなに老けて見えますか?」

「いえ!大人っぽくて素敵だな、と…」

「冗談ですよ。恐らく住む場所もあのビルで間違いないようですから、一緒に行きましょうか。」


『これは一本取られたね。というか、君の冗談はわかりずらいにもほどがあるから、相手方のためにもやめた方がいいと思う。』

『斗和は覚えていませんか?新様からメールで家族写真が送られてきたでしょう?それに結構似てたものですから。』

『記憶力が化け物クラスなんだよ。』


 ということで、娘さんとエンカウントしました。



「改めまして、私の名前は『鷲見 あみ』と申します。今日は本当にお世話になりました。道案内にお昼ごはんまで、これからも迷惑をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「トワさん、本当に日本語がお上手なんですね!写真ではメイドの服を着ていましたけど、それもあるんですか?」

「はい(ぷるぷる)」

「(?)ああ、そういえば案の定うちの父がスカウトしてしまったようで、本当にご迷惑を掛けました!なんでしたっけ、スカウトしたくせに面接させたんでしょう?それに、最後は必死に頼み込んで…。あんな父の会社ですが、どうぞよくして下さい。」

「いえ、元々Vtuberが好きだったので、最も近くでそれを見守れるというのはなかなか体験できるものではありません。マネージャーという立場でないのが残念ですが、私はメイドという職種上、対等という立場が好ましくありませんので、便利屋というのも悪い気はしていませんよ。」

「では、これから学校でも、よろしくお願いします。」

「もしかして…」

「はい!私も面接を受けさせてもらっていたんですよ。」

「当日は見かけませんでしたが…?」

「トワさんが面接を受けたのって三日目ですよね?私は初日に受けましたから。ちなみに、私は第一面接から通っていますよ!父からは案の定苦笑いされましたが。」

「それでは仕事についても連絡が取りやすいですね。…もう少し話がしたかったのですが、もう日が暮れてしまいますし部屋に戻っては?(ソワソワ)」

「あのっ‼」

「(ビクッ)」

「あ…大丈夫ですか?」

「お、お構いなくう…」

「そうですか。それでですね、さっそく今日からで悪いのですが、荷物が部屋の中に段ボールのままで転がっていて…、お恥ずかしながら全くこういう経験がないので、手伝ってもらえませんか?」

「も、もちろんだいじょぶです…」

「ありがとうございます!(あれ?さっきよりトワさんの背がちっちゃく見える…。顔は見えないけど、体調が悪いのかな?)…無理はしないでくださいね?」


『君の幼児退行はイコールでキャラ崩壊につながるんだ。もう夕日が出始めているよ?かなりまずいんじゃあないかなあ…。君の正体的にも、あみちゃんの貞操的にも。』

『ごめん…むりかも』

『今から断っちゃえばいいのにさあ…。こういう時に意地を張るのも、判断力が鈍っている症状が関わっているのかな?より一層満月の日に交代したくなくなったよ。さすがにトワから自分の醜態を聞きたくない。負けた気がする。』

『はやくおわらせる?』

『急いでってこと?悩んでる時間がもったいないから行きなよ。僕も相棒が性犯罪者になるのを見たくない。』


 いそいで、こわしちゃだめ…。どこがどのへやなのかわかんないよう…


「ねえ、おへやどこ?」

「ん!?えっと、奥の部屋ですけど?(おかしいな、遂に私の聴覚と視覚がぶち壊れたかな?)」

「ん、わかった。」

「…(走り方の効果音がてってってなんだよなあ。)」

「おわった。」

「冗談でしょ?速すぎないですか!?まだ十分くらいしか…、完璧っ!?」

「じゃあまたとうこうのひに!」

「は、はい!いろいろご馳走様でしたあ!(意味深)」


 いそがないと、またしっぽが…


◇視点変更「斗和」


 緊迫感だけはミッションインポッシブルだった片付けを終え、トワが全力ダッシュ(涙目)で玄関へ滑り込むころには、もはや夕日の色はほぼ暗闇に溶けていた。


 完璧に幼児退行だね。ギャップ萌えというか雰囲気までロリっ子と化してるから、似合わないとも言えないんだよ。決してそういう目で見ているわけではないんだけどさ…


 僕は今、獣化してすっきりハイになっている駄々っ子モードの獣化版を、風呂に説得した。良くも悪くも演じることに特化した結果、とんでもない黒歴史(他人事)を生み出してしまったトワには同情するよ。それよりも、動画とっておこうかな?(鬼畜)


「ほら!トワは今日シャワーだから!浴槽が毛まみれになっちゃうよ?」

「やだ!明日は暇だからいいの…」

「それはつまり明日の自分に丸投げするってことで良いのかな?」

「そ!」


 いつも都合がいいように満月の日を忘れるよね。そうだ、いいこと思いついちゃった。


「じゃあ、今から動画とるから、明日の自分にメッセージをお願いしてもいいかな?ちゃんと言ったことはやる偉い子でしょ?」

「うん、やる!代わりにお風呂から出たらアイス食べる!」

「もちろんいいよ~」



 翌日


『ちゃんとおふろ洗っておいてね!約束したから!これでいい?斗和…『大丈夫だよ!ちゃんと言えて偉いね~』うん!偉いの!だからアイス食べる~』


 こんな感じが十分くらい続いて、最後は興奮で色々アカン自慰行為に手を染めようとしたトワ(?)を必死に僕が止めようとしているところで動画は終わった。


「これ本当に私なんですか?実は別人とか…」

「一応お風呂バージョンも撮ってあってね?」

「犯罪者だと思われませんか?私。」

「要所は隠してあるし、自分のスマホの中に自分が風呂入った時の画像が入ってたなら、最初に心配されるのはもちろん君だから安心していいと思うよ♪」

「そういう問題じゃないと思います。というかこれ、尻尾とかバスタオルで隠してるの悪意ありますよね!?」

「大丈夫、下は下着だから。…ちなみに、危機感は覚えたよね?」

「早急に満月の日の対策を考えなければいけませんね‼」


 よかった。でもまだどんなところで幼児退化しちゃうかわかりきってないんだよね。数回は目を離したすきにだったし。でも、今一番大切な問題とエンカウントしたから、少しくらい安心していいよね?

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