初対面
「ふわあ~」
「おはよう、トワ」
カーテンから差し込む朝日で目が覚めました。最近覚えた天井ですね。前は五時には起きていたのですが、日本に来てからは睡眠時間が1.5倍ほどに増えました。
「下着だけってさあ、防御が緩すぎるんだよ。シアさんからもらった服でも着なよ?露出狂だと思われるよ?」
「向こうでは結構やってたからいいです。というか、シア様がくれた寝間着は逆にきわどくなるようなのばっかですよ?」
「シアさんも君に何を求めてるんだか…」
「一週間に一度ほど、服の自撮りを求められましたね。」
「相手が違かったら犯罪だよ。向こうが」
まだ引っ越して一週間もたっていませんが、かなり家の内装は充実してきて…
「推し活もできないヲタクの部屋は、こうなるんだね…」
「うるさいですね、あなたの部屋なんか何にも変わってないでしょう?」
「ここにきて、まだ一回も体を交代してないからね?変わってた方が怖いよ。」
「本棚だけは見ごたえありますよ?」
「日本好きの外国人感が出てヨシ!」
「朝ごはんはどうしましょう?今日は予定がありますから、納豆で良いですかね?」
「ああ、スーパーの人びっくりしてたよね、それ買ったとき。」
「見てくれは外国の美少女or美女ですもんね。」
「んで、実際は?」
「メイドです。」
「ふむふむ」
「……」
「他は…?」
「考えていませんでした…」
「奇遇だね、僕も執事しか思い浮かばなかったところだ。」
炊飯器に残ったご飯を納豆で流し込みます。急ぐ必要もありませんが、気を付けるに越したことはありませんから。
今日は午前中に、社長だという方とお話をするそうです。十中八九世話係としての件でしょうが…
「それにしても、個性の出る服とはどんなものでしょうか?」
「そんなもの着ていくのかい?無駄だと思うけど、どうして?」
「理由はわかりませんが、一応娘さんのメイドということになりますので、私お手製のメイド服で良いですかねえ…」
「そんなもの着て外歩くの?僕くは嫌だなあ。なんでそんなに受け入れられるのさ?」
「本職がメイドなからには、恥ずかしがってもいられないと思いまして。」
「私服で良いかもう一回確認してみよう?」
「そうですね」
メールで旨を伝えましたが、五分くらいたった後に『確認事項があるため、できるだけあなたの仕事着に近いもので来てください。こちらに制服のようなものはありません。』と送られてきました。
「実技的な動作の確認でもするんですかね?」
「それにはいささか言葉が足りないような気がするけど、君ならメイド服でも着て行けばいいってことだろ?もうめんどくさいからそれでいいんじゃない?」
「そうですね。迷惑でしょうし、時間の無駄ですから。」
「そのズバッと決断するの、僕はいいと思うよ?けどさあ、もうちょっとでいいから躊躇しようよ…」
「もしかして、執事がよかったですか?」
「なんでもないよ!」
必要最低限のものだけ持って、駅へ向かいます。会社で話をするそうです。駅へは徒歩五分くらいですが、大通りに入ると、結構な視線がこちらを向いています。
「きょろきょろするともっと状態が悪化するから、やめといたほうがいいと思うよ?」
「この状況ならナンパはされなさそうですけどね。あそこが最寄りの駅です。」
電車の中のほうが、もっと周りの反応がわかりやすいです。視線は獣の本能みたいなのでわかりますが、表情が見えますからね。
『びっくりしてるね~、今日はそういうイベントもなさそうだし、はたから見たら恥ずかしいコスプレイヤーなんじゃない?』
『いいえ、よく見てください…』
『なに?まさか…見た目が完璧なせいで、どうしてこんな姿で?という疑問より、驚きと単純な感慨が混ざったもののほうが先に見えている?』
『後になって『よく考えたら…』ってなるやつですね。』
それから十分ほど、電車に揺られるのでした。乗客が少なめで助かりました。フリルが邪魔になったかもしれませんからね。
◇
「本当にここであっているのでしょうか?」
縦も横もかなり大きい部類に入るビル。住所はあっていますが、目印になるようなものがほとんどありません。普通は会社名とか書かれていると思いますが…
勇気を出して入ってみると、確かに受付のようなものがあります。こちらが話しかける前に、向こうの受付の方から声をかけられました。
「あなたは、トワさんでお間違いないですか?」
「はい。この会社の社長さんとお話をするようなのですが、どこかで待っていたりはしますか?」
「報告をしますので、そこの椅子で待っていてください。」
少し待っていると、ちょこちょこと何人かの女性が入ってきました。見た感じ、社員さんという雰囲気ではありませんが、どなたなのでしょうか?
女性たちは、入り口から入った後に受付に行こうとして、こちらを見てぎょっとした顔をしました。すると、もう一人の受付さんがとっさに話しかけます。
「二次面接の方は、こちらのドアを進みますと、順路が書いてあります」
と言って、数人の女性を案内していました。
それからに十分くらいで、同じ光景が繰り返されましたが、社長が大丈夫になったそうで、そのまま挨拶に行くことになりました。
エレベーターから入口まで受け付けの方に案内してもらい、モダンな会議室につきました。お礼を言ってから丁寧に扉をノックし、中に入ります。
「失礼します。」
「君がうちの娘の世話係を引き受けてくれた、トワくんか。エリオットさんから聞いているよ。私の名前は”鷲見 新”。この会社の社長を務めている。」
予想以上に若くてイケメンですね、まだ会社は新しそうです。
「今回はどのような要件を話すのですか?」
「まず仕事の内容だが、前に伝えたものとほぼ変わらないよ。君と同じ学校に通ううちの娘が、これを機に一人暮らしを始めるようでね、変に媚びたりとかはしなくていいんだが、一緒に登校であったり、家事の手伝いやらなんやらしてくれると助かる。他には本人から頼みがあるかもしれないが、無茶ぶりは聞かなくていい。給料は月に払うよ。金額は伝えておいたよね?」
「はい、他にはあるでしょうか?」
「君の今の態度ほど固くなくっていいよ。むしろ、友達感覚の方が助かるな。雇っている相手に言うことではないが…。それと、たまに次女の方の世話も頼むかもしれない。」
「次女…ですか?」
「ああ、うちは長女と少しだけ離れた次女が居るんだ。今は電車で通わせているが、そちらの方が近いから、君も今住んでいるマンションに来させようと思っている。その方が楽だからね。そしてね、先ほど友達感覚と言っていたことなんだが…、次女は友人関係に悩んでいるそうでね、私が直接聞いたことはないんだが、あの子の世話もして、話だけでも聞いてあげてほしいんだ。あの子が私に聞いてほしくないのなら、私に報告はしなくていい。だけど、本当に心配でね…」
「あのビルは、ここの会社が運営しているんですよね?」
「ああ、正確にいうと、所有しているね。そのビルの各部屋に二人別々に住んでもらうつもりだよ。私は家にいてほしかったのだが、随分嫌がっていてね、だから二人に許可したんだが、使用人を毎回雇うのは本当に苦しいんだ。自分でできるとよかったのだが、いかんせん家事は全くやらせていなくてね…お願いするよ。休日は大丈夫だ。」
「はい」
「ああ、これで終わりだ。」
「そうなんですか…?」
このためだけに呼ばれたんでしょうか、私。確かに社長は仕事で忙しいのかもしれませんが、メールだけでよかったのではないでしょうか?まだこの会社がどんな名前でどんな内容なのかいまいち分からないのですが…
「ああそうだった、エリオットさんが言ってたね。君もなりたかったんだったね。第二面接は下だから、君も行ってくるといい。声は文句なしだから、面接官にも伝えておくよ。」
…?
え?何?何の話ですか?わからないんですけど⁉『じゃあまた』じゃないんですよ!私ここで働くんですか?私は何がしたいって?メイドの正社員にでもなれるんですかね…
「とりあえず、言ってみればいいんじゃない?間違いだったら後から報告すればいいじゃん。」
「斗和…さては面白がってますね?」
気乗りしませんが、行ってみましょうか…面接へ~
◇
面接の会場らしきものの前では、数十人の女性が座って待っていました。みなさん、とても緊張していますね。人生かけてるみたいです。
出てくる人の中には、絶望した顔の人から、とてもやり切った顔の人まで、さまざまなバリエーションがありました。しかし、二次面接なら私は特別扱いなのでしょうか?申し訳ありません、何もわからないまま。
こうして、前の人の顔を見ながら時間をつぶしていましたが、遂に私の番がやってきました。というか、最後なんですけれども。
「はい、次の方どうぞ。」
「はい」
中に入って、カーテシーをします。社長への挨拶よりも丁寧なのは、少し嫌みが混ざっております。
「お名前をどうぞ。(私服って書いておいたけど、こんなのもいるのか…)」
「トワ・ロイドと申します。」
「ああ、社長が言っていた…面接内容は同じです。まず、自分の得意分野を教えてください。トワさんは事前の動画がありませんので、面接だけで合否を決定します。」
「(事前の動画…?)得意分野ですか?メイド業全般ですね。家事や、マナーは一通り行えます。」
「ええっと…、もう少し内容の近いものはありませんかね?ゲームであったり、コミニケーションだったり、」
「はあ、全部大丈夫ですよ?」
「全部⁉中々の自信ですね、そういう人はたくさん見てきましたが、完璧な人など見たこともありませんよ?」
「(自由な会社なのかな?)今のところは…」
「…では、あなたの個性を教えてください。苦手なことや、伝えておかねばならぬことはありますか?」
「わかりました。私はメイドであり、執事です。」
「はい?」
「個性はこれだけですね。伝えておかねばならぬというと、問題のあることについてですか?」
「は、はい。苦手なものなどは…」
「ほとんど他人に言ったことはありませんが、一定のキャパを超えると使い物にならなくなる…そうです。あとは、月に一回ほど、無条件で使い物にならない日があります。そして…ほんとに言っていいんですかね、これ?まあいいでしょう、私は二重人格です。以上!(途中で斗和に聞いてる)」
「ん~??????(絶賛混乱中)」
「何か問題が?」
「いや、ここまで癖の強いものは久しぶりで…、あ、何か好きな動物いますか?」
「いきなり? まあ、狼が近いですかね…」
「では最期の質問になります。最後に、なぜあなたはこのライバーに希望したのですか?」
「(全く質問の意味が理解できていない)よくわかりませんが、私はメイドであり、ライバー?を見ている一視聴者に代わりありません。私のようなものが配信をしているような方へ与える影響は、周りの視聴者と同じで、全くないかもしれません。しかし、私は昔からいろいろな配信を見ていたという一つの自信があります。彼らや彼女らを見守り、成長を見届ける。時には立ちふさがり、守る壁にもなる。そんなことが、配信者へ私ができる数少ないことなのではないでしょうか。」
「なるほど、Vtuberになるとしても、見守る役目を望むと。競争の激しいこの世界ではすごく珍しいですね(小声)。ありがとうございました。結果は随時連絡します。」
「こちらこそ?ありがとうございました。」
なかなか、趣味について掘り下げてきましたね。おかげで随分長く語ってしまいました。何かわかりませんが、落ちたでしょうね。不本意で受けたはずなのに、少し悔しいです。
「さて、斗和。今日の夕飯は何にしましょうか?」
◇視点変更「面接官」
「社長!トワさんとやらは、とても面白い方でしたよ。」
「どんな風にだい?」
「自分がバズるよりも、周りを助けていきたいと言っていました。素質などはさっぱりわかりませんが、声もとても良かったので、私は彼女が『ネオライブ三期生のまとめ役』で良いと思います。」
「それほどとは…その様子だと、他のメンバーは決めていないのだろう?」
「はい、目星はつけていますが…」
「彼女はあの上手な日本語で、一週間前までイギリスで住んでいたらしいぞ?」
「本当ですか!?それなら大丈夫そうですね。設定はまだわかりませんが、早めに合格だけ伝えておきましょう。」
「いつになく張り切っているな。」
「あの子は…面白くならない方がおかしいですよ。」
「そうだな、手伝いや学校との両立は難しいだろうが、明日にでも通知するとしよう。学校が始まる前に、設定の輪郭だけでも作りたいな。」
「他の子たちも逸材ぞろいでしたので、ネオライブにまた新しい風が吹いてきそうですね…」
ネオライブ本社で、二人の笑い声が響いた。
◇視点変更「トワ」
次の日…、届いたメール
『ネオライブ三期生/合格』
ん~~どゆこと?
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