僕は悪い狼じゃないよ

 僕は今、斗和のほうで動いている。教室のドアから少し離れたところで、中の様子を伺っているところだ。


 先生が先に中に入り、転校生がこのクラスに入っることを言った。突然のことだったため、クラスはざわついている。いくら海外で十七歳といったって、こんな反応は万国共通なのだろうか?


 すでに緊張は抜け、むしろこんなにおもてなしをされても、ありがた迷惑なのである。目立てば目立つほどトワから理不尽に怒られるのだから、この二年間は相当苦しい戦いになりそうだ。好気の視線ほどうざったるい物なんて、そうそう存在しないからね。


 男からねっとりした感じで見られることは少ない。なんか、日本みたいなおっさんの痴漢というより、若いイケメンが『これからお茶しない?』と言ってくる方が多い気がする。トワはやんわり断っていたかな。


〈ではトワさん、入ってきて下さい。〉

〈はい、どうも皆さんこんにちは。トワと申します。これから一緒に学んでいくことになりました。どうぞよろしく。〉

〈〈〈‼………〉〉〉

〈ええと、まだ何か他にやることはあるかい?〉

〈いいえ、後で教科書は配りますから、あそこの席に座ってください。〉

〈了解したよ。次の時間割は何かな?〉

〈化学です。隣の人から見せてもらってください。〉

〈はいはい、教室移動は?〉

〈ありません〉


 担任は、数学の女教師である。眼鏡に中々こだわっているようだ。随分おかたい雰囲気だ。


 ちなみに、この学校生活で友人は一人も作らないつもりである。コミニケーションの練習にはさせてもらうが、必要以上に馴れあえばトワに迷惑が掛かる。僕も人間関係に興味があるわけではないんだ。リアル一匹狼なんでね。(決して負け惜しみではない)


 …そんな僕の望みとは裏腹に、僕が今日話す相手に困るところはなかった。


◇視点変更「トワ」


 うわあ、斗和は大変そうですね…、たくさん話しかけてくるところは日本じゃないんだなー(そもそも自分が話していないだけである、可哀想だ。)、と思うのですが、その中心にいるはずの斗和が全く楽しそうじゃありませんね。


 見た感じ、気に入った相手としか仲良くしないタイプの世渡り上手、でしょうか。あの中でファーストコンタクトに成功した者は、二人くらいですね。


 場合によっては私の方が話しやすいといった人もいるのかも。私はメイドですが、主人以外を見下すとかはないので。


『成功と言っていいのでしょうか?なんかあなた関連で涙を流した人が尋常じゃない気がするのですが。』

『必要のないことに時間を割くほど、僕はお人よしじゃないんだ。』

『そういうのを聞くと、どれだけあなたが私を気に入っているのかわかりますね。』

『中々に自己中心的な考え方だね。まあ、僕が君なわけだから、相性がよくったって当たり前なのかもしれないよ?』

『その理論はよくわからないですが、面倒ごとを済ましてくれれば文句はありません。』

『隠す気もないじゃんww』


 確かに、いつも互いに話せるような奴が斗和でよかった気がします。煽っては来ますが、案外めんどくさくないんですよね。こちらが気が付かないことも教えてくれたり、…気が付かないこと?


『すいません、そういえば忘れていたのですが…』

『うん?まだ何かあったかい?買い物とかの雑用を頼むようだったら、僕は今持つすべての力を使ってリストラするけど。』

『いえ、そういえば私たち、満月の日にうんたらかんたら…っていうのありませんでしたっけ?』

『あった、ね?』

『そうしたら、絶対に当日学校にいけないじゃないですか。もし仮病でも使ったら、あの心配性の塊みたいなロイド家の方々が心配して…』

『うん。』

『病院に連れていかれて、人狼だってことがバレて…』

『う…ん?』

『一生実験台とかにされてしまうのでは‼』

『君、本当に仕事中と空気感が違うよね。もっと重大なことがあるんだよ‼』

『ええ…』

『だってそれは君の問題だろ?僕には関係がないじゃないか?』

『見捨てるんですか!』

『ずっと笑いながら見ててあげるよ。』

『ええ…?あなたよくサイコパスとか言われたりとかしませんでした?』

『変わり者とは言われていたかもね…。それよりもさ、今は変身の条件を確認して、もしもの時の対策を考えればいいよ。オールで決めてしまえば、いちいち混乱することだってないだろう?』

『この体がどんなものなのか、全然把握していませんもんね。明日にでも確認した方がいいのかも知れませんね。でも、そんなに都合のいい場所ありますか?』

『あるだろう?僕たちの第三の故郷ともいえる場所さ。』

『それってまさか?』

『あの森だよ』

『あつ森だよ…?』

『誰が一世を風靡したゲームの世界に行くって言ったよ!いや人狼になれたならゲーム世界だって行けるかもしれないけど、どちらかっていうとスローライフ系統だよ?あれ。誰がDIYの把握をしろって言ったよ⁉君が銃ブッパされて死んだ森のこと言ってんの!』

『うおお、予想以上のノリ突っ込み。あの森というと、人通りは少ないですし、もともと狼が住んでいる森の中なら自ずとできることがわかるだろう…ということですか?』

『そうそう、人がついても所詮狼だから。関係ないことは絶対にできないよ。それにさ、人モード・人狼モード・狼モードの能力の差くらい知っておきたいじゃないか。』

『もしも、見つかったときは逃げて大丈夫ですよね。幽霊とか普通に信じている国ですから、一人くらい人狼が紛れててもいいですよね。オカルト染みてて幽霊に住民票があるような国ですしね。あれ?あれってジョークなんでしたっけ?』

『イギリスはそもそも住民登録制度がないよ。おかげで僕がどこから来たのかも探られずに済んだけど。』

『関係ありますか?それ。はあ、意識が二分割されていると、不便な点もあるんですかね?』

『一概にそうとは言えないけど、実質誰にも気が付かれずにカンニングができるんだよ?便利なことこの上ないと思うけどなあ。』

『そうですね、あなたの受けた授業は見ていたからいいんですけど、目を離すとかいう概念があるんですよね、これ。』

『便利だろう?相方の行動見過ごしちゃって、記憶ほじくる作業が大変なんだ。気を抜いてると面白い場面見れてないことがあるんだ。テレビみたいなものだよ。』

『それで、話を戻しますが明日は午前中から出かけるという事で。名目はどうしましょうか?』

『記憶が戻るかもだから、あの辺りに散歩しに行くよー。とかでいいんじゃないかな?気を遣わせてる様だし。邪魔されないでしょ。』

『それでは、まだ皆さん起きていると思うので、報告しておきましょうか。まずは、エリオット様とシア様に報告しましょう。』



〈失礼します。〉

〈どうしたんだい?何かあったか?〉

〈珍しいけど、いいわねパジャマも…〉

〈すいません、明日は午前中から、近くの森へ行こうと思いまして、昼食はご一緒できません。〉

〈それは、何か思い出したいことでもあるのかな?もう思い出してきた事とかもあったりするのかい?いや、言わなくてもいいんだが。〉

〈いえ、ただ単に好奇心の様なものです(自分のスペック確認したいから、嘘ではない)〉

〈そう…私達にできることがあったら、何でも言ってね。トワは私達の大切な家族なんだから。〉

〈はい。それではリズ様やジュリア様にも伝えて参ります。〉

〈ああ、リズは早く寝ているかもしれないから、先に伝えた方がいいんじゃないかな?〉

〈そうします。では、おやすみなさい。〉

〈〈おやすみなさい〉〉


 ガタン


〈学校は大丈夫だったのよね?〉

〈私の友人が校長を務めているが、面白いと褒めていたよ。〉

〈流石トワね。〉



 コンコン

〈あ!待っ〈失礼します〉〉


 リズ様の部屋に、返事を十分聞かないまま入ってしまったのですが、やけに焦っている様な…


〈すいません、この様な注意不足で。メイド失格ですね。〉

〈い、いえ、大丈夫よ?どうかしたのか、かしら?緊急のことだったりする?〉

〈いえ、今伝えてしまった方が誤解が少なそうだったので。それより、今日はどちらかと言うと暑い様な日だと思いますが、そんなに布団をかぶってどうかしたのですか?…もしや、この前の風邪がうつってしまいましたか?〉

〈これは、その、違うの。ええと、間接的にはトワのせいとも言えるけど…〉

〈それは…本当に申し訳ございません。〉

〈謝らなくていいの!(言えない!この前のトワの顔を想像していじっていたなんて!)〉

〈なにか、変な匂いがしませんか?〉

〈ええ!何もないわよ。気のせいかじゃないかしら⁉︎とにかく、伝えたい事を言うのが先決じゃないかしら‼︎〉

『…本人もそう言っているから、さっさと目的だけを言いなよ。(鈍感というより、これが普通なのかもしれないね。)』

『そ、そうですね。』

〈実は明日、私が立っていた近くの森に行こうと思います。〉

〈え?そうなの?じゃあお裁縫教えてくれるのは、また今度かしら…〉

〈いいえ、明日はリズ様も休みでしょうから、夕方に時間が余ったらやりましょう。〉

〈わかったわ!それと、次からはちゃんとノックをしてね!〉

〈リズ様も、ですよ?〉

〈わかっているわよ(もし気になったら、ドアに耳をくっつければいいからね!〉



〈ジュリア様?入ってよろしいでしょうか?〉

〈いいよ、汚い部屋だけどね。〉

〈お邪魔します。‼︎…これは?〉

〈Vtuberっていうもののポスターなの。日本の『ネオライブ』っていう会社の、海外版とか言ってたわよ。この子は私が好きな…、というか、こんな話しても興味ないわよね。〉

〈いいえ!ぜひ‼︎〉

〈そう⁉︎やっぱり気になるわよね!リズに勧めても見てくれないし。〉


 三十分後


〈確かにかわいいですね!この子〉

〈そうでしょう‼︎たまに見える真面目そうなところが、またギャップがかわいいのよ〜〉

〈スマホを用意してもらったばかりなので、少し調べてみます!〉

〈また一緒にお話ししましょう!それと…話って一体何なのかしら?〉

〈ああ、明日記憶を探しに森の方へ行くという報告ですよ。〉

〈そう。気をつけてちょうだいね?あなたに何かあったら、私たちはとても後悔してしまうから。〉

〈はい!〉


 まさか、今一番身近なところで同志を見つけるなんて、メイドとしてではなく、一ヲタクとして喜んでしまいました。もうこんな時間になりました。さっさと寝てしまいましょう。



 翌日、よく晴れているので、運動には最適です。まだ九時ほどですが、はじめましょう。


『まずはダッシュがいいんじゃない?』

『そうですね、このまま走ってみて、そのまま森の奥まで行ってしまいましょう。』


 いきなりマックススピード。人のままでも案外早いです。ウサインボルトにギリ勝てないくらいでしょうか。しかし、持久力が桁違いなので、長距離走だと勝てるでしょうね。


『次は獣人形態です。見た目は人狼っぽくありませんからね。』

『日本では受け入れるだろうけど、こっちの国で人狼はワーウルフだから、もっと二足歩行の狼を想像する人も多いだろうからね。それにしても、一部の性癖持ちにはブッ刺さりそうだよね、その姿。』

『そんなことよりも、走りますよ?』


 こちらは、前の早さの倍以上である。二足歩行にもかかわらず、足場の悪い森の中を、思いのまま自由に駆け巡る。


『これはストレス解消にいいですよ!』

『そうだね、少なからずともこういう時間は作っていいかも、前の満月のときも、ずっと変身していなかったせいの可能性あるからね。本来僕たちはこっちが本当の姿だから。一人暮らしが始まったら。夜にはこっちでいいと思うよ。』

『そうですね。長居させてもらうつもりはありませんから。』

『ああ…、トワ‼︎前!』

『なっ‼︎⁉︎』

『狼になるんだ!早く‼︎』


 すぐに草むらに身を隠します。どうやら人がこちらをみていたらしいです。あの距離なので、はっきりとは見えていないはずです。


 やった事はありませんが、強烈に狼をイメージします。あの日に会った、綺麗な灰色の毛をした…


 できました。以外と簡単なものです。新月に近いからでしょうかね?


 先程こちらを見ていたらしい人影が、こちらに近づいてきます。ぱっと見、5人ほど。


〈あ  に確 に見えた  。人影 !〉


 よく見てみると、全員が警察ですね、流石に森の中にいる狼には手を出さないでしょう。と、いう訳で素知らぬ顔で草むらから出ます。


〈なんだ、狼かよ。珍しいがな、お前はお呼びじゃないんだ。〉

〈綺麗な毛をしてるぜ〜。これがあの誘拐事件の犯人だったらお手柄だったが、そんな確率ないに等しいだろ。〉

〈もう一ヶ月は探してるぜ?この森には遺体もなんもないんじゃないか?〉

〈だが、行方不明のが多発しているのはここいらだけだ。わざわざ隠しにくい街に隠すかね?〉

〈俺らの考えの逆をついていてもおかしくないだろ。〉


 なるほど、ここら辺での行方不明ですか。…それってもしかしなくても私ですよね?元が付きますけど。


『まだ、死体も見つかってないらしいね。』

『そうですね、今生きていると言えど、一度は私を殺した相手がのこのこ生きていて、私の供養もされていないもなると、少しイラつきますね。』

『あの様子だと、少しでも見られたら全員殺してそうだからね、手伝ってあげてもいいと思うよ?今の狼といつもの君を繋げられる人なんて居ないから。』

『そうですね、この警察にまた銃で撃たれないか心配ですが。』


◇視点変更「警察さん」


 つい先程、ここら辺の捜査をしている際に、狼を見つけた俺たちだが、その狼がやたらとこちらに吠える。


〈威嚇ではないらしいな、もしかして何か伝えたい事があるのかもしれない。〉

〈おい、冗談だろ?時間の無駄だぜ。〉

〈いや、動物が人間に助けを求める事は稀にあるらしい。〉

〈おい!不用意に近づくんじゃねえ!〉


 一人が狼のところへ歩いていく。俺もやめた方がいいと思っていたが、予想と裏腹に、狼はそいつに頭を下げた。人間慣れしているのか?


〈ほらな?〉

〈うぜえ、その顔やめろ。〉

〈だが、本当に事件に関わっているかはわからないぞ?〉

〈いや、むしろそうじゃない可能性の方が高いな。〉

〈まあ、人助けじゃないが、気分転換にでもいいじゃないか。こいつで少しは癒されてもバチは当たらないと思うぜ?〉

〈確かに、上が俺らのこと考えずにやってるんだから、現場くらいいいよな。〉

〈よし、満場一致だな!〉


 狼の後を歩いて三十分ほど経った頃、俺の賭けは外れた。なんの変哲もない森。しかし、今までに感じたこともない異臭がする。


〈こいつは、腐った匂いか?〉

〈こいつは当たりだよ、いや?大外れとも言うかな?動物の死骸だけじゃこんな異臭さねぇもんな。ホント、最高の気分だよ。〉

〈ここだけ、土が新しい。サイコーの香りがするぜ、お前も嗅いでみろよ。〉

〈おい!これ腕だよな⁉︎って事は、あの狼は俺らを案内してたってわけか。でも、なんのために?〉

〈いや、ここに狼らしい死体がある。結構社交性のある生き物なんじゃないか?〉


 俺らは、無駄口を叩きながらも、テキパキと現状把握と本部への報告を行う。


 これで随分犯人が洗い出せそうだ。これは一人じゃは無理だわな?


 いつの間にか狼はいなくなっていた。でも、俺は見ていたんだ。狼が現れる直前、灰色の髪をした少女を、はっきりと見た。


 さて、これは本部に報告するべきかね?

 

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