第七話 公爵令嬢の反撃戦

「殿下っ!」――と。


 そう言おうとしていた口が音を発することなく、ただ空気を食む。

 アレクサンダーの背後で突然煌いた銀色の鋭い太刀は横から颯爽と躍り出た第一王子護衛騎士団団長、ゲオルク=ハースの構える剣の刀身に火花を生じさせたかと思ったら、高い金属音を響かせて弾かれたからだ。


「なっ……」


 目を白黒とさせて状況把握に遅れる私を時は待ってくれず、事態はどんどんと進んでいく。


 屋根の上に降り立つ黒衣の者たち。その人数は六人と少数だが、その者らから発せられる研ぎ澄まされた殺意はアレクサンダーの腕の中にいる私の身を、少しだけ震わさせた。それだけで相当の手練れだということを本能的に理解する。



「――――愛しき婚約者と想いを確かめ合っていたところだと言うのに、無粋な連中だ……っ」



 私は唖然とした。


 緊迫した状況に反してアレクサンダーの口から溢れたその声音は、憤るでも緊張でもなく――――まるで笑いを必死に堪えているかのような、そんな声だったからだ。

 いや、確実に最後が上擦っていたので堪えきれていない。…………は?


 別の意味で嫌な予感がヒシヒシざわざわと背筋を這い上ってきたところで、更に我らが王子殿下は。


「ハース団長、だ。僕は何もできないから一人で頑張ってくれ」

「このような連中など私一人で充分故、問題ございません」

「頼もしい限りだが、まあそう簡単にはいかないだろうね」


 護衛騎士団長の実力は確かなものだ。それは私も以前手合わせをしたことがあるから知っている。

 いやそうじゃない。待って。そもそも何でハース団長が屋根の上にいる? しかもすぐに横から飛び出てきた。…………ハ??


 気配を探る。すると町宿の外に王子が引き連れてきた護衛騎士団の、こちらも精鋭数名が潜んで待機しているのが判った。


「――ハッ!」


 その声を皮切りに、黒衣の襲撃者が一斉に飛び掛かってくる。

 ハース団長の大ぶりな剣が相手をする中、私を抱えたまま転がって器用に凶刃をかわしたアレクサンダーが屋根瓦のレンガを掴み、これまた器用に投げて反撃している。


「というかっ、離して下さいませ!? そもそも貴方の加護で撃退すれば!」

「はははっ! 嵐でもないのにこんな夜更けに雷なんてドンパチ落としたら、善良な町民らに混乱をきたしてしまうじゃないか。お馬鹿さんかい? エリー」

「嵐でもないのに、真っ昼間から盛大な雷落とした方の仰る台詞じゃありませんわね!? これどういうことですの!?」

「それは……っと。お喋りするには、さすがにちょっと余裕がないかなっ」


 だったら離せばいいのに、何故か私を抱えたまま離そうとしないアレクサンダー。

 抱えられたままで確認できることと言えば、敵は二組で分かれて攻撃を仕掛けてきている。強気な発言をしていた団長だがやはり相手もかなりの手練れであるが故に、簡単にせさせてはくれないようだ。


「私なら反撃できますっ! ですから!」

「エリ、……チッ、投擲とうてき使ってきやがった。やっと君と気持ちが通じ合ったと言うのにっ、誰が離すものかっ!!」

「そんなこと言ってる場合ですのおおぉ!!?」


 器用にも今のところ全部躱すことができているのは彼の実力なのか、それともただ悪運が強いだけなのか。

 けれどまったく当たらない攻撃に敵も相当苛立っているようで、投擲武器を使ってき始めた。それに対して大分口悪く文句を言っていたが、お前も屋根のレンガ投げて攻撃しているだろと脳内だけで突っ込む。


 そしてこんな状況だと言うのにも関わらず、場違いなことを考えているのは恥ずべきことに私も一緒だった。

 こんな嵐のようなことに巻き込まれて訳も解らぬままなのはずっと変わらないが、「気持ちが通じ合った」と未だ抱きかかえられている状態で言われると、先程の自分たちのことが否が応にも過ってしまう。


 立ち回っているから体温が上がるのは分かるし、密着しているから鼓動が激しく動いているのも感じ取れる。

 そしてその熱さと激しさが私にも伝染していき、気づいてはいけないことに気づき始めてしまう。


「あっ……うぅっ……」


 あつい。熱い。熱い!

 ぐるぐるする。目の前がグルグルする!


 敵は六人もいた。ハース団長もすぐ近くに待機していた。精鋭護衛騎士数名も下に待機していた。

 襲撃を受ける前、私達は二人で何をしていた。何をしている時に襲われ――……


「……原石の風雲石ふううんせき。やはり貴様ら――」


 風雲石。それは向かい国リーフロフトでしか採れない特殊な力を宿す石で、隣国イグニケルから輸入されている煌火石こうかせきと同様。

 そしてその加工されていない原石状態の風雲石がいま敵の手の中にあり、大きな風の渦を巻き起こそうと輝きを放ち始めている。グルグルと。


「殿下!!」


 ハース団長が異変に気づき、敵を薙ぎ払いながらこちらを見る。対峙している敵もこちらを注視している。見られている。見られている。見られ……



 ――ガスッ パッチ!


「ぐっ……!?」


 本日二度目(夜も更けたから一回目かもしれない)のすね蹴りをして拘束が緩んだ瞬間腕の中から抜け出し、急に飛び出した私に反応して剣を構え、躍りかかってきた二名。抱えられながらもずっと私の目は、敵の身体の動きを追っていた。



『エリー。戦いの場において常に重要なのは、相手の動きをよく観察することよ。どんなに熟練した者でも生物なのですから、必ずどこかに癖やパターンがあるの。それをよく見極め対処しなければ戦場では生き残れないわ。そして一番大切なことは――』



「抹消!」

「ガッ!?」


 凶刃を避けて跳び上がり、一人の横っ面を投擲しようとしてきた相手目掛けて蹴り飛ばし、それを避けたところで腹を蹴り入れ眉間に肘打ちする。

 音もなく崩れ落ちた二人の頭を掴んで止めの抹消をして意識を落とした後、今にも発動せんとばかりに輝きを増す風雲石を持つ覗き魔へと眼光鋭く狙いを定め――



『そして一番大切なことは、相手ではなく私達自身。私達の身体。そう、この身に秘めたる筋肉そのものよ!! ……剣? 鎧? 何それ美味しいの? 武人は身体が資本なのよ。拳一つ、蹴り一つで人間なんて<自主規制ピ――――>できるわ。そうやってお母様の生家であるローゼンダールは生き残ってきたの。上腕二頭筋、前腕筋ぜんわんきん大腿だいたい四頭筋、前脛骨筋ぜんけいこつきん下腿かたい三頭筋、ハムストリングス! さあエリー、鍛えるところはたくさんあるわよ!!』



「まあぁっしょおおおおぉぉぉぉ!!!」



 ――――記憶を抹消させるため、かち割るが如く渾身のかかと落としを脳天に喰らわせるのであった。

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