第八話 どぐされ王子の仕掛けた罠
そうして私が思いっきりお母様の生家ローゼンダールの血を見せつけ、黒衣の襲撃者をハース団長と共に全員完膚なきまでにボコした後、自害しないように猿轡を噛ませて鎖でグルグルの
お宿の屋根の修繕費は目の前に膝まづかせたどぐされの懐から払うとして、私は無表情でいまソイツを見下ろしていた。
場所は元の宿泊部屋。ハース団長も事情聴取のために連れ込んだが、彼はずっと顔を背けていて私と目を合わそうとしない。
「で?」
「……何かな? エリー」
「すっ惚けるんじゃありませんわよ。予定通り? 一体何が予定通りだったんですの? 何故すぐ団長は飛び込めてきたんですの? 屋根の上ってすぐ飛び込めるような場所でしたかしら? 脛をもう一回蹴って差し上げてもよろしくてよ」
「話は明日にしようじゃないか。ほらもう夜も更け更けだし、同じ場所にまたもらったところも痛いし」
「…………」
「エリー?」
人好きのする笑みで誤魔化そうとする姿勢でいる、クソどぐされ。色々ショックなことばっかりがこの一日で起こり過ぎて、王子妃教育で学んだ感情コントロールも活かせやしない。
唇を噛みしめて、少しだけ動揺の表情を見せるアレクサンダーを睨みつける。
「……私の気持ちを解っていた上での、そういう作戦だったんですの?」
琥珀の両眼が見開かれる。
「私はまた、貴方に良いように利用されて、弄ばれたんですの……?」
「エーベル…」
ハース団長が何か言おうとしたのを遮る手。
アレクサンダーは私の膝に置いている、小刻みに震えている手を見つめて小さく息を吐き出した後、自身の黄金の髪を乱暴な手つきでクシャリと掻き乱した。
「――奴等の狙いは君だったんだ、エレイン」
今度は私が目を見開く。
「僕の婚約者である君が国境に近い辺境の地へ忍んで行ったと、奴等は情報を得ていた。まあそりゃ十の日の廻りも要す場所なら、そういう情報を心待ちにしていた連中からして見れば絶好の機会だっただろう。君が僕との婚姻の期日が迫っていることを焦っていたように、向こうも焦っていたのさ。僕と君が婚約を結ぶことになった、その元凶がね」
「それは……」
確かに私は焦っていた。もうあと一年しかないと。
だからようやく掴んだ『四国旅行記』を早く手にしたかったし、最近王都でもその被害報告が届いていた盗賊団の件も何とかしようと調べていたのだ。そしてあわよくば、それが婚約解消の糸口にならないかと。
だけど、その焦りが今回の襲撃事件を引き起こしたのだと言うのなら……。
「私を暗殺して、殿下のことをリーフロフトは」
「いや、暗殺じゃない。僕の婚約者である君を生きたまま連れ去り、君を材料にして僕に脅しをかけて王女との婚姻に頷かせる算段だった筈さ。殺した結果どうなったのか、奴等はよおく知っているからね」
「え? それは一体どういう」
前にもあったようなことを、それを知っているかのような口ぶりに疑問を呈せば、それに答えを返すことなく彼は続きを口にした。
「奴等の狙いは君だった。けどそれを察知した僕が駆け付けたことによって、計画の変更をせざるを得なくなった。君もローゼンダールの血を引く令嬢として有名だけど、雷神の加護を宿す僕に加え、僕に付いている精鋭の護衛騎士団もいたからね。殺すぐらいの勢いじゃないと勝てないさ。一旦は引くことも考えただろう。……だが僕もいい加減、うんざりしていたんだ。させる訳ないが、君がリーフロフトに狙われ続けるのも、君が――――僕から本気で逃げ続けるのも」
貫いてくる視線の強さに息を呑む。
琥珀が煌き、黄金の髪がパチリと音を鳴らす。
「だから絶対に襲ってくる絶好の機会を奴等に作ってやったんだ。僕としてはこの部屋で襲撃される予定だったんだが、君が窓から外に出てしまったからね。もちろん一人にはさせられないし、団長に言ってから僕も上がったよ。確かに屋根の上なんてそう逃げ場もない。それに君が……エリーが、思い詰めていたから」
――パチッ
「僕だって万能じゃない。力のコントロールを失敗したことがあるのがいい例だ。エリーが心の中で思っていることなんて、僕だって解らないよ。本当に僕が嫌いでそう考えていたらって、あの時そう思ったら。…………急に、怖くなった」
――パチッ
「僕のしていることは、ただ君を縛りつけているだけなのかと。陛下たちが僕を奴等に渡さないために結んだ政略的な婚約で、本当にそこから逃れたいのかと。君が本気で逃げようとしているから、話をして、確かめなければと思ったんだ。結果としては色ボケして敵を油断させたような状況になったけど」
「殿下……」
「弄ぶわけがないだろう。君の言動一つで、僕はこんなに、揺れ動くのに」
――パチッ
……ずっと婚約者として傍にいたから、耳タコになっている発光音。
私が耳タコになるほどその音を耳にして、光を目にしたのは、それだけ私という存在がアレクサンダーの心の中で大きくなっていたということを意味していたのだ。――けれど。
「私達は……ですが、このまま婚姻する訳には……」
「だから言ったろう、エレイン。『もう終わらせようか』と」
俯いて小さく溢すも、神罰への恐れなど微塵も抱いていないその言葉を聞いて、思わず顔を上げてアレクサンダーを見つめる。
彼もまたそんな私を見つめて、今度は人の悪そうな顔でフッと笑みを浮かべてみせた。
「さあエレイン。王城へ帰還したら僕と君とこの国の未来のために、奴等との最後の戦いを始めようじゃないか――……?」
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