第四話 公爵令嬢、情緒が崩壊する
突然距離を詰めてきたどぐされ王子に内心ギョッとし、けれど顔は平然と装って淡々と彼の行動を咎める発言をする。
「……いくら婚約者とは言え、距離が近すぎるのではなくて?」
「婚約者だからこそ許される距離の間違いでは? ねえ――エレイン」
襲撃されることを予測して予めポニーテールの形に結っていたせいで露わになっている耳に顔を寄せ、態と色を含ませた声音で吹き込んできた。
「そんなに僕との婚約がイヤ……?」
耳に直接触れてくる吐息に、背筋がゾワリとする。
大抵のことでは動じなくなった心臓が跳ねるのは、間違いなくこのどぐされに生理的嫌悪を催しているからだ。
「殿下っ」
「知っているよ、君が努力してきたことは。確かに君は初めて会った時より強くなった。けど、エレイン」
「っ!」
思わず引こうとした身は腕を取られて、そこに留めさせれられる。
反対の手で顎を取られ顔を強引に間近に向い合せられて、煌めく二つの琥珀に捕らえられる。
「それでも君はエーベルヴァイン公爵家の令嬢、この国の王子である僕の婚約者だ。そんな君が一人で捕り物をしに辺境の地まで赴き、その捕った褒賞で……例えば、『このように武闘の素養が強い娘では、王子妃にはとても相応しくありません。願わくばアレクサンダー王子との婚約を辞退し、婚前の母のように、一国を守護する騎士として王家に忠誠を誓わさせて頂きたく存じます』……と、願うつもりだったとしても」
「まさか。そのようなこと」
――パチッ
「そのつもりだっただろう? だからこんな……
「は!? そんな訳っ、ちょ!?」
本当はそんなつもりで、けれど髪型のことに関してだけはとんだ濡れ衣を着せられそうになって反論しようとしたところで、その指摘された項――後ろの首筋へと顔を寄せてきた。
スンと鼻を鳴らす仕草をされて、この変態王子が!と罵倒しようとし――――
「ひぃっ……!!?」
唇が肌に触れる感触がしたと思った瞬間、そこを強く吸われる。あり得ない距離にいる黄金がパチッと光って目を眩ませてきた。
驚愕と混乱に己を
「ゃ……っ」
「――……エレイン」
軽く音を鳴らされて、最後に柔らかく触れた後。
「人にこれを見られたくなかったら、今すぐ髪を下ろすといい。あとどれだけ君が頑張って僕から逃げようとしても今回のように、僕は必ずエリーを捕まえるよ。――――君と初めて出会った、あの日のように」
「ぴ……」
「……エリー?」
首から熱が離れ、再び眼前に琥珀が現れた瞬間。
「ぴぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぐっ!?」
――ガスッ と。
私は気がつけばあの日のように、アレクサンダーの
攻撃力が増した靴のおかげで変態どぐされ王子は一撃必殺の大ダメージを負ったらしく、足を抱えて頭をパチッパチッと発光させながら呻いている。
「この変態っ! 馬鹿! クソどぐされンダー! 今度こんな破廉恥な真似しやがりましたらっ、雷神ウルドス様のおわすリーフロフトまでドロップキックしてやりますわああぁぁぁ!! ぴぎゃあああぁぁ!!」
「…………さ、すが、ローゼンダール……、可憐な容姿は、カレンベルク…………」
王子に情緒をぐっちゃぐちゃのボロボロにされてその元凶を泣きながらガスガス足蹴にする公爵令嬢の発するサイレン音と、いつも公爵令嬢を追い詰めてやり過ぎては泣かせて反撃を喰らう王子が感情の一定ラインを超えた時に発する頭からパチパチ音は、ゆっくり安全運転を心掛けている馬車を護衛する周囲の者たちにはすべて筒抜けだった。
そしてそんな自国の将来を担うまだ幼き婚約者同士のやり取りを、乗馬して馬車と並走しながら聞いていた第一王子護衛騎士団団長ゲオルク=ハースは。
「アレクサンダーさまとご婚約者のエーベルヴァイン公爵令嬢さまは、相変わらず仲睦まじいご様子であらせられますよ」
王都から遠く離れた辺境の地にて、そんな風に国王夫妻への最早定期報告となっているそれをぽかぽかと温かい晴天の下、自身の妻の顔を思い浮かべながら空を見上げて一報を入れるのであった。
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