第三話 どぐされ王子からの聴取

 特殊な加護持ち王子との黒歴史な過去を振り返り、改めて婚約解消か破棄に向けての決意を固めていたところで、アレクサンダーことどぐされンダーが軽薄な笑みから、にっこりとした人好きする笑みに変えて口を開いた。


「で、どうするエリー? このまま王都まで一緒にデートして帰ろうか?」

「『四国旅行記』を少しずつ大事に読み耽る予定でしたが、どこかの頭パチパチンダーのせいでそれも潰れてしまいましたので、公爵家の馬車で心頭滅却を唱えながら一人で王都の屋敷まで帰りますわ。では私はこちらで失礼して」


 バチィッ! パリパリパリパリ…………


「…………」


 馬車の扉に手を掛けようとした瞬間、その取っ手部分に雷電を纏わせやがった。


「まったく仕方がない人だねエリーは。そんなにあの書物が読みたかったのか? 愛しい婚約者の美しい瞳へ映すに足る代物か確認したが、お腹真っ黒な人間同士の暗喩ばかりで見るに堪えなかったんだ。あんな書物はこの世にあるべきじゃないね。……そう拗ねないでくれ。お詫びに王都まで僕と一緒に色々語り合おうじゃないか」


 馬車を降りることが叶わなくなったので、一度浮かせた腰を元の位置に仕方なく戻した。

 その際アレクサンダーをジロッと睨みつけるのも忘れない。そんな私の静かな反応が意外だったのか、閉じ込めた張本人の癖に目を丸くする。


「おや。いつもの君だったらキャンキャンと子犬の如く吠えてくるのに。今日はまるでしなびたペッポロチーヌみたいだね?」

「愛しい婚約者と仰る口でその婚約者を可愛さの欠片もない食虫サボテンに例えるイカれたセンス、ご健在なようで何よりですわ。王子殿下でなければ、グーパンの一つや二つ余裕でお見舞いするほどのレベルなこと、よくご理解されておかれた方が将来の貴方様のためでしてよ。……何人ですの」


 ――パチッ


「んー……ざっと二十数人ってところかな?」

「ご自分のお立場、イカれたセンスよりもよくご理解された方がよろしいですわよ」

「はははっ。それを言うならエリーだって、この国の王子である僕の婚約者たる自覚をもっと持ってほしいね」


 ドンゴロピッシャーン!!

 ドオオォォン……パリパリパリパリ…………


 思いの外、すぐ近くで大きく轟いた雷鳴と地鳴り。

 それだけこちらを強襲しようとしていた相手が屈強なナリをしていたのか、はたまたどぐされの機嫌の悪さにるものなのか……。


 後者だった場合のことを思って若干居心地が悪くなるが、こちらもまさかどぐされ本人がこの地に襲来してくるなどとは想定外だったため、立てていた婚約解消への計画がことごとく邪魔されて苛立ちを隠せない。

 もう本当にこのどぐされが一人いるだけで、何もかもがぐっちゃぐちゃになる……!


 私がムッとしている間に、アレクサンダーが外に待機しているだろう護衛騎士らに確認するために中から窓を開けて、言葉を掛けていた。


「流石に当て外している訳はないと思うが、一応周囲を確認してくれ。同時に転がっている全員を捕縛し終えた後に王都へ帰還する。取り調べ方法とかブチ込んでおく場所とかは、ハース団長に任せるよ」

「はっ!」

「あ。あと公爵家の方には、『愛しの婚約者殿は賊の襲撃に遭い恐怖で気絶してしまったため、心配で眠ることもままならないので完全回復するまで王城で看病するから、このまま僕が連れて帰る』と伝えておいてくれ」

「はっ!」


 とんだ嫌がらせ込みの事実無根なホラ話をされて目を剥くも、こちらを射抜いてくる視線の剣呑さにグッと控える。

 暫くして事がすべて終わったらしく「出してくれ」と命じて、ゆっくりと動き出した車内で優雅に足を組み替えたアレクサンダーが私を見て、再びにっこりと笑う。


「さて。君の自分の立場を利用したひっ捕らえ劇も開演することなく幕切れしたところで、これから僕と二人でよくよく語り合おうか? エリー」


 何もかもお見通しでやがる。おかしい。

 授けられた加護は雷電だけで、思考透視みたいなものはない筈なのに。


「……『四国旅行記』を見つけた辺境の地が、偶然にも盗賊団の隠れ蓑だっただけですわ。我が公爵家の者らは想定外の事態に備え、ならず者に反撃しうる鍛錬を全員日々欠かさず行っております。私自身、己の身を守るための護身術は既に身に付けておりますわ」

「へえ。さすが隣国イグニケルで武の名門・ローゼンダール伯爵家の娘を公爵夫人に迎え入れただけはある。まあそんな公爵夫人の血を継いでいる娘が、テディベアを抱いていないと怖くて眠ることができないとは思わなかったけれど」

「くっ!?」


 黒歴史をどぐされからも掘り返され、カッと頬が熱くなる。


「そんなに恥ずかしがることはないさ、エリー。政略だから仕方ないが、どんだけゴツゴツしたのと婚約しなければならないのかと、僕も君と対面する直前までは青色吐息だったんだ。けど実際に対面したご令嬢はふわっふわの可愛らしい女の子。分かるかい? エリー。あの時の僕がどれだけ感激したことか。思わず正面から抱きしめてしまうくらいには感激したよ」

「私は全っ然嬉しくありませんでしたわ! あれ絶対態と燃やしましたでしょ!? どこのご令嬢が自分のお気に入りのぬいぐるみを燃やされて感激するんですの!!」

「うん。あの時もらった一発は確かにローゼンダールの血だと頷けるくらいの威力だった。そして夫人に泣いて縋った君が努力して、兄君に次ぐ武闘術を身に付けたことも近くで見ていたから、よく知っているさ」

「招待してもいないのに先触れだけ突然送ってきて、一刻も経たずして我が家に来訪しておりましたわよね。一週の廻りに四度も。どんだけ暇なのかと思っておりましたわ」

「愛しくて可愛い君の顔が一刻も早く見たかったからだよ、エリー」


 ギシッと音が立つ。

 馬車が揺れたからではない。アレクサンダーが腰を上げて、こちら側の席に移動してきたからだ。

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