第二話 どぐされ王子の初攻撃と幼き公爵令嬢の誓い

 取り敢えず王家からの召喚状なので行かない訳にもいかず、頼れる執事長を屋敷に残して日の廻りを八回迎えながら、私達三人は馬車で王都のお屋敷に向かった。

 もちろん一人で夜眠れないので、テディベアのモフくん(もふもふだから)も一緒。


 道中何事もなかったので無事予定通りの日数で到着した屋敷にはお父様がいて、笑顔のお母様からドロップキックをかまされていた。

 玄関先でこれはどういうことかと問い詰めたお母様に、お父様は。



『だってずっと一人で寂しかったんだもんっ! エリーちゃんが王子と婚約したらこっちにいるから、僕一人じゃなくなるもんっ!』



 今の私が聞いたら追加でドロップキックをかましていたことを言ってのけたお父様は、再びお母様から足蹴にされていた。お兄様は気持ち悪そうな顔でお父様を見ていた。

 王家側はただの政略、公爵家側はお父様の寂しさ大爆発から湧いて出て成ってしまったその婚約は、お母様から私への最終確認で――



『エリー? エリーは将来、王子様と結婚したい?』

『けっこんですか?』

『お父様とお母様のようになるってことよ』

『(おうじさまをけるの……? えりぃにできるかな?)はい、がんばります』



 とおかしな返答でしかなかったが、『頑張る』と聞いたお母様は私が婚約を前向きに受け止めたのだと勘違いして、承諾することになってしまったのだ。


 そんな感じで私自身は自分に何が起きているのか、よく理解できていないまま王城に連れて行かれて、王族一家と初めてお会いする。

 両親と一緒だとは言え、見知らぬ人ばかりで知らない土地で不安たっぷりだった私は、大泣きしながらモフくんも一緒じゃないとイヤと我儘を言い、モフくんを抱きしめて登城した。


 五歳の女児と言っても公爵家の令嬢なのだから、私の振る舞いは王城にいる人たちの目から見たら頂けないものだっただろう。影でヒソヒソ囁かれたかもしれないが、見えて聞こえる範囲で何か言われることはなかった。

 けれどすれ違う人たちの視線は、幼心にもイヤだと感じるようなものが多くて。


 そんな中で対面した王様と王妃様は、モフくんを抱いたままの私を見ても変な顔一つせず、むしろ微笑んで可愛らしいと口にして下さった。

 王様と王妃様には息子が二人(弟王子は当時三歳)のみで娘が欲しかったらしく、ぬいぐるみを抱いて恥ずかしそうにしている女の子らしい私にメロメロであった。まあ教育なんてものは後から付いてくると考えてもいらっしゃったのだろう。


 そうして対面した婚約者の王子様・アレクサンダー。

 さらりとした金髪がキラキラと発光しているのを不思議に思って見ていた私は、王子の視線が私の抱きしめているモフくんに向いているのに気づいていなかった。


『はじめまして、エレインじょう。ぼくはこのくにのだいいちおうじで、アレクサンダーといいます。これからこんやくしゃとしてよろしくね』

『は、はい。よ、よろしくおねがいいたします……』


 声は次第に尻すぼみになっていったが、馬車でお母様と練習したことがちゃんと言えて私は満足だった。


『ねえ、エレインじょう。そのテディベア、どうしたの?』

『……モフくんがいないと、さびしくて』

『それオス……おとこのこなの?』

『(おとこのこ、なのかな? あおいリボンしてるから、くんってよんでるけど……)モフくんは、モフくんなの……』

『ふーん。そうなんだね』



 ――パチッ



 何か音が聞こえたけれど、当時の私はそれが何の音か分からなかった。


『ねえ、ぼくもモフくんとなかよくなりたいな。だきしめてもいい?』

『! う、うん。どうぞ』


 私の大好きなモフくんと仲良くなりたいと言ってくれて、私は嬉しくてアレクサンダーにモフくんを渡した。……渡してしまったのだ。



 バチィッ! ボッ!



 ――――アレクサンダーが抱きしめた瞬間、モフくんは秒で燃えカスになった。



『え……』


 目の前で一体何が起こったのか理解できなくて呆然とする私に、アレクサンダーは。


『ああ、ごめん。まだカゴのちからがせいぎょできなくて、せいでんきではっかしてもえちゃった。……ねえエレインじょう。きょうからぼくがキミのモフくんになってあげるよ』


 そう言って正面からギュッと抱きしめられた瞬間、私はピギャー!と王城の一室でサイレンを響かせ、アレクサンダーのすねを角の丸いエナメルパンプスの底で思いっきり蹴りつけてモフくんの敵を取った後、大泣きしながらお母様に助けを求めたのだった――……。





 このサンドロック王国は、大地の女神アティラーが守護を司る国である。

 神に愛された一握りの王族だけが神から加護を授けられるのだそうだが、何故かアレクサンダーは女神アティラーの加護ではなく、真向かいの国リーフロフトを守護する雷神ウルドスの加護を授けられていた。


 確かに王と王妃の子で間違いはなく、何故そんなことになったのかリーフロフトでも意味不明の大珍事。

 目に見える加護が発現したのは三歳の頃で、ニワトリが先か卵が先か、名前に『サンダー』とあるから加護を授ける先を間違えたのかという真相は、沈黙を貫き続けている雷神ウルドスのみぞ知る。


 だから王子の頭はその加護のせいで一日と言わず年がら年中発光しているし、加護の力で雷を操り色んなものを感電させて燃やすことができるのだ。


 それからも事あるごとにお気に入りの物品を婚約者に電気で燃やされ続けた私は、人見知りとか引っ込み思案とか言っていられなくなった。あと追加で一人じゃ眠れないほど夜の暗闇が怖いなんて口にしようものなら、どぐされンダーが。


『じゃあボクがいっしょにねてあげるね。モフくん、ボクがもやしちゃったし』


 とかリアルに言い出したので、私は強い子になるしかなかった。




 ――何とかしてこのどぐされ王子と婚約を解消、または破棄する。


 それがタイムリミット・どぐされと結婚するまでに課せられた、私の人生を掛けた絶対に負けられない戦いなのである……!

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