第11話 謁見までの勉強会

巡回を終えた2人が特別異形管理室に戻って来た。

パイプ椅子にはいつもの4人以外にも1人多く座っている。

彼はウメさんに出してもらった、梅昆布茶を堪能していた。


「福本課長! 今日はどうされたんですか?」


満瑠はすぐに福本の存在に気が付き、近付く。

希はまだここの管理室の人々にそれほど慣れていなかった。

どうもこの独特な雰囲気に馴染めないのだ。

福本はひらひらと1枚の用紙を手にしながら、満瑠に渡した。

それを読んだ満瑠が慌てて、希に駆け寄る。


「百鬼さん、ついに天様の謁見が通りました!」

「は、マジで!?」


希もこんなに早く許可が下りるとは思わず驚いた。

天様は日本の神様のトップだ。

庶民の希がそう簡単に会えるような相手ではない。

ここにいる大御所4名の見解から、希の中にいる御霊が高御産巣日神だと判断されたがそれも今はまだ定かではない。

だからこそ、確実に判断できる天様に会う必要はあるのだが、それでもこんな簡単に会えるような相手ではなかった。

謁見が通ったと聞いて、より実感が湧き、緊張が深まった。


「が、伊勢に行く前に京都に先に寄ってほしい」

「京都?」


福本の言葉に希は聞き返した。

伊勢は三重県だ。

京都は更に西寄りになり、三重より東京から遠い。

それなのになぜ、先に京都に行かなければならないのかわからなかった。

それとは別に満瑠は嫌な予感がしていた。

京都と言えば、文化庁宗務課の本局がある場所で、そして特別異形管理室もここよりも立派な部署があった。

そこには優秀な社員、5名が揃っていて、かなりの曲者だった。

満瑠も一度顔を合わせたことがあるが、2度と会いたいとは思えなかった。

満瑠は希の横で大きくため息をついた。


「まあ、そう気落ちするな。天様の謁見の条件にも本局の特別異形管理室の職員を1名同行することが条件なんだ。百鬼に大した能力がないとわかっていても、天様に何かあってはいけないからな」


福本は満瑠の心情を理解したうえで淡々と弁解する。

正直、福本も京都の宗務課は苦手だった。

何よりもあの部署の者は必要以上に偉そうな人たちが多く、話すだけで気分が悪かった。

特にこってこての京女に関しては、いつも東京人の2人を目の敵のように口で猛攻撃してくる。

京都人らしいイケずと言うやつらしい。


「わかっていますが、私はあの人たちのやり方がどうしても好きになれないんです」


満瑠には彼らの曲者の性格以外にも、気がかりなことがあるようだった。

しかし、何の情報もない希には全く状況が読めなかった。


「力を持てば人は傲慢になるものだ。あいつらは神ではないが、人とは違う力を持っている。そして、政府もまたそれを利用しているんだ。こういう流れになるのも仕方がないだろう」


福本にそう言われ、満瑠は黙ってしまった。

いつも明るくて前向きな彼女には珍しい反応だ。

たしか、この部屋で前、天様の話をした時も満瑠はあまり乗る気ではなかった。

むしろ嫌がっている節がある。

その理由を希はまだ知らない。


すると先ほどまでのんびりと茶と菓子を堪能していたなっさんが希に声をかけて来た。


「あんたには天様トコに行く前にちょいと勉強しておく必要がありそうだなぁ」

「勉強ですか?」


希が聞き返すと、タケさんがそっと席を立って目の前の椅子を引いた。

希にそこに座れと言うことらしい。


「そうね。少しでも日本の歴史を身につけておく必要がありそうだねぇ」


ウメさんも笑顔で賛同する。


「あんたはあまりに知らなさすぎなんじゃよ。今のまま、天様と謁見すれば、そのうちへそを曲げてしゃべらんくなるぞ」


今度はトキさんまでもが言い始めた。

希は何も言い返すことが出来ない。

こういう時はタケさんが一番だと、宮司のタケさんが希の指導役を任されることになった。


「希ちゃん、以前、僕が『天地開闢』の話をしたのを覚えているかい?」


希は静かに頷いた。


「はい。日本国の歴史の始まりですよね。確か、3人の創造神によって作られたって。その中の1人が私の中にある御霊ということまでは認識しています」


さすがにあの長たらしい名前までは覚えてはいなかったが、大まかにはこうであったと言う記憶がある。

タケさんはうむと頷いた。


天地あめつち初めて発(あらは)れし時、高天原たかまがはらに成りし神の名は、天之御中主神あめのみなかぬしのかみ。次に、高御産日神たかみむすひのかみ。次に、神産巣日神かむむすひのかみ。此の三柱みはしらの神は、とも独神ひとりがみと成りして、身を隠しき。これが古事記の最初の文面」


タケさんは見事に暗記したその言葉をつらつらと言葉にした。

大まかにはわかりそうなものの、説明しろと言われても出来そうにない。


「天と地が現れた時、高天原に3つの神が現れる。一つは天之御中主神、一つは高御産日神、そして最後に神産巣日神。この三柱は独神となり、身を隠された。ここでいう、高天原というのは天の国とされ、神の住まう場所を示す。しかし、天様がおっしゃるには、高天原というのは日本における最初の国のことなのだよ。神の集う国。そして、ここに記されている三柱とは3つの神の事を示し、彼らが人でないことを表している」

「人でないと言うことは、何だというのですか?」


希はいま一つつかめないまま質問する。

良い質問だねとタケさんは更に続けた。


「わかりやすく言えば、御霊の原型。力そのものだよ。それが3つに分裂し、それぞれの個々の力となった。天之御中主神は日本国そのものに溶け込み、大地と地球と一体化する。そして、高御産日神は自然と共に大いなる御霊として存在した。最後に神産巣日神は人の神。人と共に共存した。恐らく、あの頃にはほとんどの人間が御霊の力を信じ、見えていたのだろう」

「でも、最後は身を隠したのでしょ? 身を隠すって、あの有名な天の岩戸で天照大神が隠れたと同じような状態になったと言うことでしょうか?」

「いや、我々はそう判断してはいないよ。高御産日神がお隠れになった理由は未だにわかっていないんだ。けれど、その片割れが君の中にあると言うことは、誰かが故意に高御産日神の御霊を2分割して人の中に入れたのだろうね。カミノ依代うつわとして」

「それは何のために?」


希はそこが一番の疑問だった。

人ではない力の根源である御霊をどうしてわざわざ生きた人間の身体に収めなければならなかったのかわからない。


「さあ、高御産日神に関してはこれ以上の資料がほとんどないのだよ。その後、高木神として何度か現れるが、それは既に人のお姿。つまり、カミノ依代となった片方が神として現れていたのだろう。そして、神産巣日神は、人との共存の為に1人の少女の身体を依代とし眠ったと言う。その少女こそが、天様。最初の天照大神様だ」


驚いた。

つまり、天様も元はカミノ依代だったということだ。

しかし、天様には確かに意思がある。

神産巣日神が力の根源で、人間のように意思がないのならどうして天様は人のように存在しているのか。


「でも、天照大御神の出現は伊耶那岐神の禊によって誕生するはずです。それまでの間、神産巣日神はどこにいらっしゃったと言うのです?」


今度は満瑠が質問した。

満瑠なら、だいたいのことを把握していたと思ったので、ここで質問するのは意外だった。


「そうだね。その疑問が生まれるのは当然だ。しかし、こうして希ちゃんがいることを考えたら、恐らく天照大御神様の前にもカミノ依代は存在したんだろう。しかし、依代はあくまで人間の肉体。いずれは老いて朽ちていく。その前に代々引き継がれ、天様の代になった時、彼女に宿ったのだよ」


なかなか難しい話になって来た。

つまり、神様だと思っていた天様も以前は人間で、希と同じカミノ依代として存在していた。

ならば、神話に登場する天様以前の神より天様が上に立っているのは理解できる。

なぜなら、天様の原型が、最初の神の神産巣日神なのだから。

人の神の頂点に立っていたところでおかしなことはない。

しかし、創造神には意思がないはずだ。

現に希の中にある高御産日神も片割れと雖も、意思があるようには思えない。


「その辺の詳しい話は天様から直接聞いた方がいい。僕らが説明したところで、あの方の辿って来た歴史を語りきることは出来ないのだからね」


タケさんは優しくそう言った。

そして、説明は更に先に進む。

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