サメの歯
最初のうちは「あの時気づいて飲酒をやめさせていれば」という気持ちでいっぱいだった。そんな俺の後悔も、就活の忙しさがいつの間にか押し流してしまった。結局俺には俺の生活があって、唯斗には唯斗の人生があった。そうとしか言いようがない。世間様の方も、少し経てば唯斗に関心を示さなくなっていた。
就活に区切りがついたとき、前々から付き合っていた彼女、
水族館なんていつぶりだろうか……そんな感慨に浸りながら、真帆と一緒に薄暗い館内を歩いた。こういうとき、昔の自分なら賢しらに知識を披露していたんだろうけど、マウントだと思われるのがイヤなので「綺麗だね」「すごいね」みたいなことばっかり言ってる。
やがて館のメインとなる大水槽の前にたどり着いた。その水槽の上の方に、大きな流線型の生き物が泳いでいる。
「あ、あれクロヘリメジロザメ」
「ああ、あれか」
「知ってる? あのサメ、潰れちゃった
――真帆の言葉を聞いて、数年の月日が一気に逆行した。サメを怖がる唯斗の姿が、鮮やかに記憶の中から蘇った。
回り終えた後、俺と真帆は出口の館内ショップを見て回っていた。カプセルトイが好きな真帆は、水族館限定のガチャガチャを回していた。
カゴを手にそれを眺めていた俺は、ふと右側の棚に目がいった。
そこには、ビニールで包装されたサメの歯が吊るされていた。あのクロヘリメジロザメから抜け落ちた歯が、ここにも売られていたのだ。
俺はその中から一つをそっと手にとって、買い物カゴに入れた。
水槽とサメの思い出 武州人也 @hagachi-hm
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