スキャンダル
飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていた唯斗、もとい霧島ゆうきの落日は突然訪れた。その頃俺は大学生で、実家を出て独り暮らしをしていた。
きっかけは週刊誌の記事だった。一般人との熱愛とか、相手の女性がすでに妊娠しているとか、そんな報道が飛び出したのだ。売れっ子に降って湧いた突然の熱愛報道が、嵐を起こさないはずがない。
唯斗がもっと年を重ねていたら、そこまで荒れなかったのだろう。けど唯斗はまだ二十一で、一応は大学生の身分で、そんな中で熱愛相手の妊娠報道まで出てきてしまったのだから。
……いや、どうせゴシップだ。だから一刻も早く否定されてくれ。僕はそう願った。もう繋がりもほぼ切れてしまった元親友だけれど、あいつの不幸は少しも望んじゃいない。
やきもきした日々を過ごしていると、スマホのメッセージアプリに新着メッセージがあった。
「今度の日曜、会える?」
それは唯斗からのメッセージだった。
売れっ子がわざわざ時間を作って会いに来るとか、女性ファンに知られたら生き胆抜かれて殺されるんだろうな、と思う。少し前なら嬉しかったけど、今は状況が状況だから素直に喜べない。俺は余計な詮索をせず「空いてるから待ってる」と送った。
そして日曜日……世間を騒がせた売れっ子が、待ち合わせ場所の最寄り駅の改札から出てきた。帽子を深くかぶり、マスクとサングラスをしている姿は如何にも芸能人らしい。
「よっ、久しぶり」
「唯斗こそ」
やってきたのは、霧島ゆうきじゃなくて、
道中では、ほとんど無口だった。世間の目がある場所で、うかつなことは喋れない。スーパーでアルコール類を買い漁ったときも、互いに無駄口は叩かなかった。
俺の住まいに着いた唯斗は、さっそくとばかりにビールを開けた。マスクと帽子とサングラスを外した唯斗は、あの日の唯斗がそのまま大きくなったような感じだ。ちょっと伸ばした黒髪も色っぽくて、万人のイメージする「美男子」そのものだった。
「最近さ、どうなん」
何から話せばいいかわからず、当たり障りのないことを聞いてしまった。すると、唯斗はそんな俺の心を見抜いていたかのようなことを返してきた。
「ケンも知りたいんだろ。例の騒動」
俺はハッとして、唾を飲んだ。
「大筋の部分はホントだよ。俺にはオンナがいて、しかも身ごもってる」
「え……マジかよ」
頭が真っ白、とはこのことだろうか。俺は何も考えられなかったし、何も言えなかった。
そう言って、唯斗は手元のグラスに注いだビールを飲み干した。唯斗は端正な顔をすっかり赤く染めていた。唯斗と酒を飲むのは初めてだったけど、ここまで飲むとは。
「するよ。結婚も子育ても」
「結婚するのか」
「ああ、俺の腹は決まってる」
なんて言いながら、唯斗はさらに酒を流し込んでいた。道中で買った分はなくなり、俺が冷蔵庫で冷やしていた方も開けられた。
「もう帰る」
唯斗がそう言ったとき、すでに尋常じゃない量の酒が空にされていた。
「送ってくよ」
「ああ、大丈夫。酔い慣れてっから」
強がる唯斗だったが、覚束ない足元を見ていると不安になる。俺は唯斗の手を引いて、一緒にアパートの階段を下りた。
「今日はありがとな」
結局駅までついていった俺に、唯斗はそう言って手を振った。
それが、別れのあいさつになった。
唯斗は乗り換え駅の階段で転落して、そのまま亡くなった。若い売れっ子の、それも最近醜聞があったばかりのイケメン俳優の死は、スキャンダル以上の衝撃を世間に与えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます