栄華
あれから二か月後、涼しい夕方の風が吹く帰り道で、唯斗は俺に打ち明けた。
「実は俺さ……芸能事務所にスカウトされたんだ」
聞かされた俺の驚きようと言ったら、驚天動地の四文字がお似合いだったと思う。
「え、ま、マジか……まぁ唯斗、イケメンだもんな」
確かに、スカウトされてもおかしくない。昔っから、唯斗は顔がよかった。小五ぐらいの頃から「
その話の後からだ。唯斗はめっきり忙しくなったようで、卓球部はスッパリ退部した。もちろん、あの日のように俺と遊びに行くこともなくなった。
俺と唯斗は、別々の高校に進学した。しばらくはスマホのメッセージアプリで連絡を取り合っていたけれど、どこかに遊びに行こうか、なんていう話題には当然ならない。
やがてメッセージのやりとり自体が少なくなっていった。忙しい唯斗の邪魔をしちゃいけないと思って、俺もしつこく連絡を取り合おうとは思わなかった。
高校二年のときだったか……珍しく、唯斗からメッセージが来た。それはとある雑誌の表紙モデルになったから見てほしい、というものだった。
例のファッション雑誌は、メッセージの来たその日に発売だった。俺は放課後に急いで書店に駆け込んだ。
目の当たりにしたのは、僕にとって奇妙な光景だった。あの唯斗が、いや、もう今は「
普段ファッション雑誌なんか買わないけど、僕は一冊を手に取って、レジで会計をした。それをエコバッグに入れて持って帰ると、何とお母さんが同じものを買っていた。
「
お母さんは唯斗のことをよく覚えていた。
それから月日は流れ……高校三年生の秋、さらに目玉を剥くような出来事があった。何と唯斗が、日曜朝の特撮ヒーロー番組に出演することになったのだ。残念ながら主役ではなかったけど、二人目の戦士として主役と対立したり共闘したりする、おいしいポジションの役だった。僕は日曜日に早起きをするようになって、画面の中でカッコつけてる旧友を見た。
特撮ヒーロー番組をきっかけに、唯斗の露出はどんどん増えていった。恋愛映画、CM、刑事ドラマ、バラエティ……その売れ方はまさしく昇り竜だ。
唯斗がクイズ番組に「生き物に詳しい若手俳優」という肩書で出てきたときは大いに驚いた。事務所の方針なのか、そういう売り出し方をしているらしい。「ドジョウは何の仲間?」という三択問題に「コイ」ときっちり答えていたとき、俺は思わず感激してしまった。
「これ、俺が前に教えてやったことだよ」
お茶の間でテレビを見ている両親に対して、俺は誇らしげにそう言った。
俺と唯斗はもうすっかり連絡を取らなくなってしまったけど、あいつの中に俺が生きていて、それがあいつの助けになっている。何とも嬉しいことで、誇らしいことだった。
昔からの友が売れっ子になって、俺としては鼻高らかだった。知り合いに有名人がいることを自慢したがる人の気持ちがよくわかる。かつて水族館に行ったとき、唯斗は俺のことを無料ガイド呼ばわりしていた。けど今となってはむしろ俺の方が「時の人と無料で水族館を回った」人間だ。
このとき俺は、唯斗に待ち受ける波乱を全く予感していなかった。俺はあいつの立身出世を信じてやまなかった。
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