水槽とサメの思い出

武州人也

水族館

「明日さ、水族館行かねぇ?」


 唯斗ゆいとにそう誘われたのは、炎天下の帰り道だった。この日は夏休み前最後の日で、俺も唯斗も、いつもより多めの荷物を持って帰っている。


「水族館?」


 唯斗にそんな趣味があったとは知らなかったので、俺は聞き返した。小学校六年間、中学に上がってもずっとつるんできた相手だったけど、特に生き物の趣味があったとは思えない。


「ホラ、あそこ、再来月に閉まっちゃうんだろ? だから見に行っておきたいな……なんて」

間島まじまオーシャンブルー水族館のこと?」

「そうそう、そこそこ」


 この間ネットニュースで、間島オーシャンブルー水族館が閉館するという記事を見た。オープンから50年以上経っていて老朽化が著しい、というのが理由だそうだ。


 電車一本で行ける水族館だったから、僕も何度か足を運んだことがある。そんな水族館が、再来月で無くなってしまう……というのは寂しいことだ。


「ケンお前魚とか詳しいだろ。行くならさぁ、無料ガイドついてた方が面白いじゃんか」

「無料ガイドって……まぁでも俺も最後にいっぺん行きたかったしな」

「よし、じゃあ決まりだな。時間は後で送っとくわ」


 そんなやりとりをした翌日……僕らは間島オーシャンブルー水族館にやってきた。


「あー、俺ここ来るの初めてなんだよな」

「へぇ、唯斗来たことなかったんだ。俺は何回か連れてってもらったんだよな」

「なるほど、だから魚好きになったのか……」


 そんなやりとりを経て、俺たちは入口でスマホのwebチケットを提示して館内に入った。ぎらつく太陽に照らされた灼熱の大地から一転、中は薄暗くて、ひんやりとした空気に満たされている。


「お、サメじゃん。チョウザメだって」


 唯斗が傍の水槽を指さして言った。確かにその水槽には、立派なベステルチョウザメが泳いでいる。


「あー、チョウザメはサメとは違うんだよなぁ」

「そうなのか? サメってついてるのに?」

「チョウザメとかコバンザメとか、サメってついてるけど全然関係ないヤツらがいるんだよ」

「はえ~そうなんか」

「ほら、カマキリとミズカマキリだって全然違うじゃん。それと同じだって」

「えっ、そうなのか。池に棲んでるカマキリがミズカマキリだって思ってた……」


 そんなたわいもない会話をしながら、二人で館内をぐるっと回った。唯斗はオオカミウオをえらく気に入ったようで「強そうでかっけぇ!」なんて言ってた。そんな唯斗もメインの大水槽の中を泳いでいたクロヘリメジロザメには「何だコイツ、でっけぇ……ジョーズじゃん」とか言ってビビッてた。


 回り終えた後、館内ショップで土産を買う流れになった。唯斗が手に取ったのは、ビニールで包装されたサメの歯だった。さっき見たクロヘリメジロザメから抜け落ちた歯だそうだ。


「サメってずっと歯が生えかわるのか。いいなぁ」

「そうそう。定期的に抜け落ちて新しい歯を生やしてるんだよ」

「羨ましいなそれ。もう虫歯で歯医者行く必要ねぇじゃんか」

「前に健康診断でひどい虫歯だとか言われてたもんな唯斗」


 結局、俺も唯斗につられてサメの歯を買った。それ以外にもTシャツやクリアファイルを買って、館を後にした。


 お腹が空いていたので、近くの海鮮丼の店で遅い昼飯を食べた。漁港だけあって、海の幸はとてもおいしかった。


 楽しい一日だった。親に無心した小遣いはすっからかん。充実した一日だった。あの水族館がなくなってしまうのが、より一層惜しくなった。


 そして……これが唯斗との最後の遠出になった。

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