第69話 二年後のプレゼント

 それから二年が過ぎ、十八才になるという六月。

 十八才は、現在の法律では成人の仲間入りをする年齢だ。まだまだ未熟な私なのに、もう社会では大人とみなされる。

 ある日、成人の記念にジュエリーと時計を買いに行こうと、父さんが言った。着物は貸衣装でいいけど、ジュエリーは良い物を買ってあげたいから、と。この差別化は、やっぱりレイン湖の夕陽に翻弄された家族だからかなぁ。


 両親が提案したのは、時計をミネギシで買って、ネックレスをクリスタルレインで買うというプラン。両方のお店は近いし、双方に成人の挨拶が出来る。「翔太には悪いけど、留守番してもらおう」なんて言ってたけど、翔太は日曜はサッカーの練習なんだけどな。


 ミネギシで出迎えた副社長さんは、二年前に訪れた時とちっとも変わっていなかった。前にここに来たのがつい昨日の事だったような錯覚を起こしてしまう。

 それでも副社長さんの方は私を見て、「ずいぶん大人になられましたね」と言った。

 私達はショーケースの中の時計を選んだ。シンプルであって美しく、どんな時でも文字の見やすい腕時計。決して一時的な美しさに終わらない物。選んだのは国内のメーカーが出しているブランドの物。秒針が少しメタリックな藍色がかっているのが個性的で綺麗だ。

 私はちょうど腕時計をほしいと思っていた。以前は、時刻を確認するのはスマホで十分だと思っていたけど、時間の捉え方というのが、円盤形の時計とスマホの表示とでは違う気がする。同じ場所をクルクル周りながら、時が経っていくという感じが今の心境には合っている。

 私達は、保証書と一緒に、専用の箱に入れてもらった。準備をしてもらっている間に、副社長はオーナー夫妻を呼んで来た。

「月島君がこんな風に奥さんと娘さんを連れてこの店で商品を選ぶ日が来るなんて、あの頃は想像しなかったよ」


 夫妻は、久し振りに会う父さんに感激していた。

 母さんにも何かプレゼントを、なんて気が効く父さんではないけど、でも当の母さんはこの店に来られただけで、すごく感激していた。「やっと父さんの青春に自分も、一歩だけ足を踏み入れる事が出来た」って。


 でもここで、一つ不思議な会話があった。

 サキちゃんが店にいない事に気付いた私が、「倉田サキさんは、今日はお休みなんですか? せっかくここまで来たのだから会いたかったんですけど」と言った時だ。

 副社長さんには、「ああ、倉田さんね……」という、ちょっと困ったような反応とがあった。


「私、初めてここに来た時、サキさんが店を出た私達を必死で追いかけて来て、クリスタルレインの事を話してくれたの、すごく感謝してるんです」


 私がそう言うと、父さんは「その節はどうもありがとうございました」と副社長さんにお礼を言っている。

「え? なんで?」と私。それに対し、オーナー夫人が説明した。


「実はね、あの日、サキちゃんに貴女達を追いかけさせたのは、ここにいる副社長なのよ。あの頃、妙な噂がこの業界に流れてね。高価なオレンジ色のダイヤモンドが行方不明になっている。そして、以前、ミネギシという宝飾の店でバイトをしていた大学生が、当時、オレンジ色のダイヤモンドについて知っているような口振りだったってね。


 その頃、くだんの宝石が家にない事を知った病院経営者が付き合いのある連中に調査を依頼していたの。それは脛に傷のあるような連中で、若い人を仲間に加え、このミネギシの様子が見える斜め前のクレープ屋て働かせたりしてね。この店を訪れる客を監視しようとしていたの。それで貴女達が尾行されたり、危険な目に遭わないようにと、副社長がサキちゃんにお願いしたのよ。路地で相手を巻く事が出来るよう、クリスタルレインに二人を案内してくれって。あとはミヤコさんにお願いするからって」


 ――なに? この二つの店は仲良しだったの? やり方が違うとか、邪道だとか言ってなかったっけ。ま、いいか。仲良しって事は、仲が悪いのより良い事なんだし……――


 そんな心の中の呟きと共にちょっと寂しさも感じていた。サキちゃんは、何だかあの頃の自分の秘密の友達って意識がどこかにあったから。誰かに言われてそうした、という事が。


 そんな心の声を知ってか、副社長さんは言った。「あの倉田さんは、お嬢さんとそのお友達をたいそう気に入っていましたよ。一目見た時から、素敵なカップルだと思ったって。だから喜んで、お守りしようとしたんですよ」


 両親は、私が傷付くのを心配してたみたいだけど、私は平気だった。恋人同志みたいだった私と璃空センパイの事を誰かが憶えてくれているのは、正直うれしい。額縁に入れ、飾った絵みたいに、今はない風景を飾っておこう。ここに。


 私は、「それで倉田サキさんは今、どこに?」という問いを心の中に押し留めた。きっとそれを訊くと不味いんだろうな、という直感があった。


 お店のオーナー夫妻とゆったりと昔話をしている父さんの横で私には、ちょっと心配な事があった。もしかしてサキちゃんは、あのおばあちゃんの相手をするのがイヤになって辞めたのではないかって事。では、あのおばあちゃんは、今、他の店員さんの担当になったんだろうか? いや、単にお休みしてるだけだ、きっと。それに昔、ミヤコさんが言ってた。

 「人には方向性みたいなのがあって、自然とその道筋を通る」って。だから、きっとヘンテコな道にはいないはず。私達を守ろうとしてくれた人なんだから。

 店内の美しいアンティーク時計が時を刻むのをを見ながらそう確信していた。



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