第68話 悲しい手紙

 センパイからの手紙は、ある日、家のポストに入っていた。切手は貼られていなかったので、直接、入れられたんだと思う。おもてには、いつも通りの丁寧できれいな字で、私の名前が書かれていた。


「菜々ちゃんへ


 絵日記の事、聞いたよ。偶然が菜々ちゃんに味方したんだね。クラスメート達の協力で解決できて、これが氷の女王と言われた人の無実を晴らせる証拠になると思うとうれしい。

 本当に安心しているんだ。

 それで、自分もここで、ずっと言えなかった事を打ち明けたいと思う。

 実は、お父さんがこの事件に巻き込まれたのは、僕のせいだったんだ。あの日、精華中学に夜中に侵入した卒業生というのは僕だったから。そして月島先生は僕をかばおうとして警察への連絡が遅れた。僕が学校の外に逃げてから通報したから。

 その結果、隠していた「レイン湖の夕陽」が見つかり、騒ぎになったんだ。

 僕は責任を感じ、君に週刊レーベンを見せ、一緒に解決しようとしたんだ。

 だから、もう先生への罪が問われないだろうと聞いた時には、君を突き放すように遠ざかってしまっていた。君は、見ず知らずだった「氷の女王」さんのためにもずっと頑張っていたというのにね。つまんないヤツだと思う。

 ちなみに僕が精華中学に侵入したのは、卒業制作を見るためなんかじゃなかった。中学時代にみんなで埋めたタイムカプセル。その中の自分の分を発掘して失くしてしまいたかったんだ。そこには将来も一緒にいようと誓った好きな人の名前が書かれてあり、一つ年上のその人を追いかけて今の高校へも入ったんだ。前に話した、文芸部にいて、詩を勝手に変えられてたって友達がそう。だけど高校に入り、その友達から拒絶されてしまった。無理もない。その人は同性であり、僕を友人としてしか見ていなかったんだから。だから初恋ごとどこかに捨ててしまいたかったんだ。月島先生が残業している夜に入ったのは偶然なんかじゃない。定期テストの後は、いつも一人で十一時位まで残業するのを知っていたからその日を狙った。月島先生は、僕の、その上級生男子への気持ちを知っていたから。そして白い目で見なかったから。

 菜々ちゃんは、前にきいたよね? あれは一緒にソフトクリームを食べた日かな。月島先生は、僕達にとって、どんな存在なのかって。ウケがいいとは思えないって。

 僕が、月島先生を他の大人と同じに思えないのは、先生が普通とは違う種類の人間でも、白い目なんかで見ずに、痛い部分をスルーしてくれるからなんだ。今回、先生の若い頃の話を聞いて、その理由がやっと分かった。先生も人には言えないような恋を、先の見込みのない恋をしてたからなんだね、きっと。

 結局、タイムカプセルの埋められた場所には特別な鍵がかけられていて、計画は成功しなかった。

 でも今度の事で、色々な昔の話を聞いて分かった事がある。いくらタイムカプセルを開けて過去の思いを書いた紙をビリビリに破いたとしても、過去なんてそう簡単には捨てられないんだって事。結局、人は過去と一緒に生きなきゃいけないんだね。


 本当は、自分が、精華中への侵入者だと、もっと早く伝えるつもりだった。菜々ちゃんがお祖父さんの家に滞在するようになった時。だから先生に話して、会いに行った。でも菜々ちゃんが僕に向けてくれている好意に気が付いていたから、君は素直で、そういうのを隠せるタイプじゃないから、僕の口からヒドイ事実を伝えられなかった。



 今から頑張って用意して、来年の夏には留学の地に向かうんだ。もう会う事もないだろう。こんな告白をした後では、そんな資格もない。君は弁護士さん達とも会っていて忙しいって聞いている。向こう見ずだから、危ない事に巻き込まれないように気を付けるんだよ。

 大人になったら、笑い話のように話せるのかな。月島先生と樹さんのように。

 大変な事に巻き込んでしまってごめん。本当に心から謝るよ。許してもらえるとは思えないけど


 宮田璃空」


 これが送られてきた手紙だった。私は事件に巻き込まれた事を恨んではなかったけど、ショックだった。自分が、センパイの繊細な心を理解してなかった事が。そして父さんのように悲しい事を悲しいままにスルーできない自分の無神経さが。

 好きな気持ちだけで動いてしまい、気付いてあげられなかった。


 そう言えば、今まで色々なセンパイの言葉にヒントがあったはず。


 ――菜々ちゃんの親友のコの気持ちも分かる気、する。好きな人の眼を気にするって……――



 ――僕はね、全部の細胞が入れ替わってしまいたいって思うタイプだよ――



 ――人がやって来た事を空から見てぜーんぶ何処かに記録してある、なんて空の図書館があれば……


 いや、それは絶対イヤだ――



 そして、もう一度、手紙の「もう会う事もないだろう。こんな告白をした後では、そんな資格もない」という箇所を読んだ時、涙がとめどもなく流れてきた。まるで蛇口の締め方が分からなくなった水道のように。資格とか、関係なく、これからも会いたかった。


 人を好きになるのって、難しい。自分も、センパイも、父さんも。クリスタルレインのミヤコさんだって。彩城夫妻だって、琴音さんの絵日記に描かれた頃には、お互い好きだったんだろうし。

 そう思うと、もう二度と人を好きにならない方がいいんじゃないかという気がしてきた。




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