第65話 絵日記の行方②

「あんた、こんな所で何してるの?」


 ルミの声で我にかえった。そう言えば、ルミは大井中学を卒業している。となれば、小学校も統廃合された大井小学校の前の学校なのかな。


「それが……。父さんの事件で重要な事が書かれた絵日記があるって分かったの。だけど、個人情報だからって持ち主を教えてもらえなくて」


「誰がそう言ってるの?」


「教頭先生って人」


「教頭って青井先生? それでこんな所でダランとしてるの? ついて来て」


 ルミは私の腕を取って、校門横のベルを連打した。壊れるかと思った。

「勝山小学校五十期卒業生の木嶋ルミです。教頭先生に会いたいんですけど」


 ジャージの上下を着た男の人が校門を開けに来た。手元にある台帳に何か書き込み、こちらの氏名や連絡先も書かせられた。その後、私はルミと一緒に、開けてもらった校門から、小学校の校舎に招き入れられた。ルミは内部を知り尽くしているようだった。


 教頭先生にしてはまだ若い男の先生がやって来た。ルミが言うには、小学五年と六年の担任だった先生が今の教頭先生らしい。そして本当に今日は、この先生に会いに来ていたのだとか。卒業後もこうして度々、進路の相談等で訪れていると言う。しかも今日は他の卒業生も来る事になっているとか。私達は職員室に入れてもらい、話をした。 


「青井先生、今日はこれからカズキ、ユウヤ、ゆきなも来るんだからね」


「分かってるよ。木嶋が来れば、後の三人も来るって」


 夏休み、昔の先生に会いに来るのも四人なんだと心の中でツッコミを入れたくなる所だけど、今日はその方が心強いから、まぁ、いっか。


「それで、どうして卒業生の絵日記を隠すの?」ルミはどこまでもタメ口をきく。


「別に隠してなんかないさ。今は持ち主の親族の所にあるから見せられなくて、その人の連絡先は個人情報なんで、教えられないんだよ」


「持ち主の親族の所ですか? どうして持ち主の所じゃないんですか?」私は不吉な予感がして訊いた。絵日記を描いた尾ノ上琴音さんの身に何か起きたんだろうか。




 青井教頭先生は、記録された台帳を見ながら言った。


「日記の作者自身には送れなかったんだ」


「なぜですか? 尾ノ上琴音さんは、もうこの世にいないんですか?」


「いやいや、そうじゃないよ」


 その時、職員室の外が急にガヤガヤと賑やかになった。カズキ、ユウヤ、ゆきなの三人だった。三人には何の説明もないまま、教頭先生の話は続く。


「尾ノ上さんは、今は外国で暮らしているんだ。フランス人の男性と結婚してね。向こうでイラストレーターとしても活躍している。だから日本で暮らしている従姉妹に了承をもらって、従姉妹の家に送っているんだ」


 カズキ達が何の話なのか、興味津々で訊いてきた。ルミが説明すると、ゆきなは、中一の夏、その絵日記を毎朝新聞社の展示会で家族と一緒に見たと言う。


「ゆきな、それ本当?」私はつい、名前で呼んでしまっていた。


「本当だよ。そのネックレスを贈られる現場を見たっていうエピソードも憶えてる」


 私は、絵日記がすぐ側にあるようで、それでいて手が届かないのがもどかしかった。


「何とかならないんですか」と私は教頭先生に訴えた。「それがあれば、ある女性ひとの無実が証明されるんです」


 教頭先生は困ったという表情に変わった。


「でも勝手に住所を教えるわけには……。あの日記を送るのも大変だったんだよ。フランスに住む尾ノ上さんに連絡して、フランスに航空便で送っていいかと尋ねたり。従姉妹の住む日本の住所に送ってほしいと言われたので、あらためてその人に了承を得たりとかね」


「だったら、また本人や従姉妹に訊いてみてくれないですか」

 ルミが言う。


「え……?」教頭先生はポカンとしていた。


「卒業生達が、絵日記を見たいと頼んでいるので、その人の住所を教えてもいいかって」


「お願いします」 


「重要な役割のある絵日記なんです」


 カズキやユウヤも頭を下げた。


「そうだな……」ため息をついた。「国際電話をかけた事の説明は、何とでも報告を書こう」



「そうだ! 何とでも書いてやって!」



「ってか、従姉妹に電話するだけでいいんじゃね? 市庁舎や新聞社で展示されてた絵日記に、まだ秘密にする意味なんてあるん?」ゆうやが言う。


「確かに」


 教頭先生は、スマートフォンを取り出して台帳に書かれてある電話番号に通話を始めた。立ち上がり、窓際へ行くと、何か相談のような話をしていた。「ええ」、「はい」ばかりで話の内容が全然分からない。

 やっと通話を終えてこちらに戻ると、教頭先生は報告した。

「今、連絡したよ。新田由貴さんって言うんだけど、住所を教えていいし、高校生達に来てもらって構わないそうだ。ただし事前に教えてもらった携帯の番号に電話してほしいって。いつ行く?」


 卒業生達から歓声があがった。

「行きます。今すぐ」私は即答した。


「分かった。連絡しよう。ついでに電話番号も伝えておく」


 ルミが立ち上がり、それを合図のように残りの三人も立ち上がった。



「え? ルミ達、教頭先生に用があって来たんじゃ?」


 私は訊いたけど、それは訊いちゃいけなかったようだ。たぶん遊びに来ただけなんだろう。


「こういうのは、卒業生が同伴しなきゃね」というルミの言葉が返事のようなもの。そこからバスに乗って駅に着くと、電車で五つ目の駅で降り、駅裏の広い公園を抜けて大通りへ。バス停の前の白いマンションを目指した。



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