第62話 空の記録

 じいちゃんの家に着き、あらためてスマホを開くと、心配した父さんからのラインメッセージが入っていた。


 そして翌日の午前、もう会う事のないと思っていた璃空センパイからもラインメッセージが届いていた。父さんから、私が瑠璃子さんについに会った事を聞いたらしい。

 センパイからのメッセージには、「近くまで来てるから会えない? 謝りたくて」とあった。


 じいちゃんの家の近くの公園で待ち合わせた。この町内には、まだラジオ体操を町ぐるみでやっているみたいで、いつもその音楽で目が覚めていた。午前十時になっても、ラジオ体操の名残りが残っていて、小学生達のはしゃぎ声が聞こえている。

 白いシャツで現れたセンパイがやって来て、私達は鉄棒の側のベンチで話した。鉄棒は、熱くてさわれない程だから、誰も近付かない。センパイは、ポツリと言った。

「週刊レーベンについて知らせたのは自分なのに、途中で諦めたみたいになってゴメン。結局、菜々ちゃんに大変な局面を迎えさせて、それでも自分は付き添ってやれなくて」


「いいんです。それに本当、勢いだけで来てしまったけど、この何十年、色んな事で色んな人が傷ついてきたって分かったんです。センパイみたいに深く考える習慣が私にもあれば、きっと踏み止まっていたんだろうなって今は思うんです」


「でもそれが菜々ちゃんの良い所だから」


「そうなのかなぁ。今はちょっと考えてしまいます。いつも言われる事が決まっているから。花で言うと向日葵みたいとかね。向日葵ってビミョウな花ですよね」


「そんな事ないよ。ブーケでもよくアクセントに使われているし」


「アクセント……。私は、夏の花でいうと、朝顔が、特に青い朝顔が好きだな」


「朝だけなのに?」


「それがいいんです」

 センパイの顔が悲しそうだったので、“センパイは朝顔に似ていますよね”という言葉を呑み込んだ。


「僕は、ティユルに現れていた水曜日の女神の印象がかなり違っているのが初めから気になっていたんだ。体格とか普通、変わらないはずの所まで違ってた。ただ気の強さ、潔さみたいな共通点があって、別人とも言えなかった。やっぱり数学のような、数字や形に現れる事が最後には頼りになるんだと思った。記憶も大切だけど、記録が最終的に物をいうのかもね。記録より記憶とか言う人もいるけど」


「記録?」


「そう」


「人がやって来た事を空から見てぜーんぶ何処かに記録してある、なんて空の図書館があればいいのに」


 私は、空に指で何かを書きつけるような仕草をした。


「いや、それは絶対イヤだ」


「そりゃそうだよね」






 そんな会話をした午後、私は母さんの入院するリハビリテーション病院に面会に行った。母さんの退院まであと二週間に迫っている。


 病室に着くと、いつもの隣のベッドのおばちゃん、新井のおばちゃんと話し込んでいた。いや、おばちゃんが一方的に語っているだけだ。今日は話す事がたくさんあるのに面倒くさいな。早く話を打ち切らせたい。私はタイミングを計っていた。


「そうなのよ。私も子どもの頃はそうだったのよ。家に帰ったら少女漫画を読むのが大好きでねぇ。憧れたものよ。そう思ってたらなんとね、本当に少女漫画の中のような告白シーンに出会ってしまったの。

 母がお手伝いさんしている家に、母に用事があって出かけたのよ。大きな病院の設立者のお屋敷だったわ。そして中に入れてもらえたんだけど、子どもだからじっとしてないじゃない? ちょっとだけ探険してたら、ある部屋のドアの隙間から見えたの。美男が美女の首に首飾りをかけようとしているところが。そして言ったのよ。『これは外国の湖にちなんでつけられた名前の、伝説の首飾りだよ。これは持つ人を幸せにするんだ。将来僕と一緒になって下さい』って」


「おばちゃん! それ本当ですか!?」


 おばちゃんはタジタジとした。

「いや、本当に見たわけでは……」


「でも今の話!」


「これは、夏休みの絵日記コンクールで金賞を獲った、同い年の子の絵日記の内容なの。つい自分の事みたいに話してゴメンネ」


「いいんです! それ、いつ頃の誰の絵日記でしたか? 詳しく教えて下さい」

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