第61話 フォレストグリーンをあとにして
その時、ノックをし、ここに私達を招き入れた男性職員が現れた。
「失礼致します。すみませんが……」
「どうしたの?」
「こちらのお客様のお連れの方が、戻って来ないと心配され、警察を呼ぶ等とお話しされています。誤解だとお伝えしているのですが……」
私と平野さんは、一瞬で現実に引き戻され、お互いに顔を見合わせ、口パクで「大変だ」と言い合っていた。サキちゃんの事を忘れていた。
ロビーにサキちゃんがいて、受付の女性職員相手に何かを必死で訴えているのが見えた。
「すみません。倉田さん、僕達の用件は今、終わったんです。無事なので、安心して下さい」平野さんが説得する。
施設管理長、つまり瑠璃子さんの配慮で玄関ホールのロビーで、サキちゃんにもハーブティーが振る舞われた。サキちゃんはさっきまでの事はすっかり忘れ、この建物の内装に感心している。
「まるでお洒落な美術館みたい。」
私は、冬の空のようなハーブティーの色を見て、言った。
「このハーブティーは菩提樹の花のお茶ですよね。これはもしかして、佳代さんがティユルで飲んでいたお茶と同じなんですか?」
「その通りよ。このお茶を飲むと心が落ち着くの。これがティユルでの一番の収穫かしら」
「あの、それとさっき、佳代さんがレイン湖の夕陽を持て余していたって言ってましたよね。どういう意味か考えてたんです。持て余すってどういう意味ですか?」
「持っていても邪魔という意味よ」
私は、この夏休みの初めにクリスタルレインでミヤコさんから聞いた話を思い出した。恋人からもらった指輪を川に放り投げた話を。
――人は何かと縁を切りたい時に宝石を手放す――
やっぱりそうなんだ。
最後に平野さんは言った。
「佳代さん以外に誰か見た人がいるかもしれません。レイン湖の夕陽の話ですよ。貴女がそれを所有していたのを。そうしたら例え盗ったとしても、もう時効ですし。失敬。実際は盗ったんではないんですけどね。でも本当にそう思います。人は意外な所で意外な物を見ているものです」
私も言った。
「私も探してみる。レイン湖の夕陽を、前の家で見た人を。そうすれば濡れ衣を着せられないで済むんですよね。今までより探偵に徹しようかと思います」
平野さんが私の発言で、その鋭い目を一層鋭くした反面、瑠璃子さんは、眼をハンカチで押さえているようだった。
こうして波乱万丈の半日が終わり、私達は夜の帳の降りた山道を、サキちゃんの運転で引き返した。
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