第54話 再びクリスタルレインへ

 私は、約三週間前に訪れた店の前にいた。


 ――クリスタルレイン――


 地下鉄の駅、まばゆい日差しの中の街、陽炎の漂う舗道とその横の街路樹。どれもこの間と同じはずなのに、一人で見ると、全然違って見える。 本当は、璃空センパイを誘いたかったけど、それはあまりに図々しく感じられて出来なかった。父さんの過去を調べる旅はいったん終わりを迎えたのだから。そしてセンパイは、来年の夏には外国へ留学する。帰国する頃には、もうすっかり大人で、私達の家に気軽に遊びに来ていた頃の少年じゃなくなってるだろう。


 それに、今日、この店を訪れる気になったのも、いつものように、空威張りに守られた勢いだけ。でも勢いだけの自分には迷っている時間はない。さっさと扉を開けよう。


 そう思って店内に入った。開店早々で、まだお客さんの姿はない。


 ミヤコさんが私に気が付いて声をかけた。


「あら、月島君の娘さんの菜々ちゃんね。また会えて嬉しいわ。貴女に似合うジュエリーを考えていたのよ」


「ミヤコさん、こんにちは。私、今日はジュエリー選びでなく、聞きたい事があって来たんです。この間、お話してた『偶発的に見えても、筋道が通っている』とかそういう難しい事についてなんです。


「あらあら、急に哲学にでも凝り始めたの? でもそうね。もしジュエリーを選びに来たんだったら、一人じゃなく、この間のイケメン君も一緒のはずだもんね」


 私は、璃空センパイの話題が出て、頬が火照るのを感じた。


「あの、この間の人と私とは、そういうんじゃないんです。父の教え子というだけで」


「何も深い仲の恋人同士でなきゃ、ジュエリーのお店に一緒に来てはだめってわけじゃないでしょ? それに、彼につれなくされたからって無理して遠ざからなくたっていいんじゃない?」


 相変わらず予言めいた、何かすべて見透かされているような感じだ。え? ミヤコさんってもしかして占い師?


「無理してなんかないです。この間一緒に来た人は、今は忙しいから声をかけてないんです。私、別にここに恋愛相談しに来たわけじゃなくて、ある人が現在何処で何をしているか、それを知りたくて、力になってほしくて来たんです」


「ではこちらにいらっしゃい」


 開店時刻から十分もすると、お客さんが少しずつ店内に増え始めている。ミヤコさんは今日も従業員さんに店を任せ、壁際のテーブルへと私を案内した。そして小さなテーブルに向かい合って座ると、私に尋ねた。


「ある人というのは、私の知っている人かしら?」


「違うと思います」


「では菜々ちゃんの知り合いで、私が知らない人って事ね?」


「私の知り合いでもありません」


「ではどうして知り合いでもない人を探そうとしているの?」


「私が生まれる前、両親が出会う前に、父に高価な宝石を手渡した人なんです。父を振ったのに、です。それを父は、まるで初恋の形見みたいに大事に保管していました。私はその女性ひとがどうしてそうしたのか、宝石は盗んだ物なのか、知りたいんです。父にとっては、悲しくもとても美しい思い出だと思うんです。今でも相手の身の上を心配するくらいに。でも、もし盗難品で、自分の身の安全のためだけに父にそれを渡したなら、父は傷付きます。そして私はその女性ひとを軽蔑します」


「お父さんを傷付けたり、菜々ちゃんが誰かを軽蔑するために人を探すの? それが本音じゃないでしょ?」


「はい。そんな人には思えなくて。だから会って直接、訊きたいという気持ちです」


「ストレートね。お父さんを救うためなのね。でもなんで私に?」


「この間ミヤコさんの言ってた『筋道が通っている』というのにヒントがあると思ったんです。ミヤコさんは言ってましたよね。お客さんを見ただけで色んな事が分かるって」





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