第53話 コンサートの後、花火とクラスメート
「これで本日の公演を終わります」
そんな放送が流れ始める中、私達は放心状態だった。
――そうだ! こんな感じでみんなファンになってるんだ――
ただただ、「むつみさん、かっけー、美しい」という言葉で私達の心は埋め尽くされる。
バス停に向かう時、もう夕暮れ時だった。家路に向かっている観客達は口々に言っていた。
「ステキだったよね?」
「うん。すげーカッコよかった」
クラスメートの四人組は、じいちゃんに「今日はありがとうございました」と口々にお礼を言う。
ユウヤが呟いた。「帰ったら現実に引き戻されるな。夏休みの宿題……」
「小学生かよ」とカズキ。
「ホント、ホント」とゆきな。「でもさ、私も数1とか分からないの多いんだ。ねえ、夏休みの宿題とか勉強のためのグループラインを作らない? このメンバーで」
「おー! それならカズキにも気軽に質問できるしな」ユウヤが賛成する。そういうわけで私までグループラインに加わる事になった。このメンバーで勉強のためなら、圧倒的にカズキに頼ってばかりなんだろうけど。
「じゃ、翔太君、さよならね」
「うん、さよなら」
翔太は、この数時間にゆきなにすっかり打ち解けていた。一緒に会場を散策したり、好きな食べ物や芸能人の話をしたり。私と違う女の子らしさを感じてるのかもしれない。
「月島さん、クッキーごちそうさま。また、二学期にね」
ルミとゆきなが手を振る。二学期は、今までより仲良くやっていけるかもと思った。
コンサート後の夕暮れの街。私はじいちゃんや翔太と一緒に家には帰れない。二学期からの塾の申し込みに行かなくてはならなかったからだ。一学期はなんだかんだで塾に行く余裕もなかったけど、二学期からはそうはいかない。九月には母さんも退院するし。
父さんとすでに話し合っていた大手予備校の塾がる。面談も、もう受けていた。用意していた申込みの書類を提出すると、帰りの電車に乗った。
扉の側に立っていると、驚いた事に、向かいにさっき市民ホールの前で別れた四人組の一人、島本カズキの姿があった。
「あ!」お互いに反応した。「なんで?」
「書店に行ってたんだ。大きな書店でないと無い参考書とかね」
「サスガだな」
「月島は? てっきりお祖父ちゃんと弟と帰ったかと思ってたよ。夏祭りへ?」
確かにその日は隣町で区民祭が、二年ぶりに縮小されて催されていた。「まさか。私は二学期からの塾の申し込みに行ってたの。一学期は、高校の授業についていくのがやっとだったしな。色々あったし、元々、英語とか苦手なんだよね。グループラインでもまともにみんなと会話できないかも」
私達は電車を降りると、長い歩道を一緒に歩いた。
「そう言えば、もうお父さんの事は解決したのか? 最近は、ワイドショーでも、あんま聞かないけど」
「うん。父さんの無実はほぼ確証されたみたい。でも謎は色々あって、ちょっとモヤモヤはしてるかな」
「モヤモヤ?」
「なんていうかな。好きな野球チームが試合に勝ってうれしいんだけど、途中の経過を観てなくって、イマイチ喜びを分かち合えてない。それが何なのか自分でもよく分からない、みたいな」
「分かるような、分からないような。勝てばそれでいいだろって話じゃないんだよな」
「そうそう。島本君は分かってくれるんだ」
「一緒にいた、お父さんの教え子っていう友達は?」
「もうこれで終わりでいいんじゃないって。関係した人に迷惑かけちゃいけないし」
「大人なんだな」
「そうね。あ、そう言えば、今日はありがとう。コンサートで私達と合流してくれて。ウチのじいちゃん、すごくうれしかったみたい。表情で分かるんだ。ここんとこ、父さんの事で心配事が多かったと思うから」
「そんなお礼要らないよ。奢ってもらったの、こっちの方なんだし。それに本当言うとオレもさ、祝島むつみ好きなんだ。だからうれしかった」
「まじか〜。でも分かる。すごく素敵だった」
「何かさ。一学期は出身校で壁作ってしまってごめんな」
「んな事、当たり前だよ。私もクラスに中学で仲良かった子いたら、そうなるし」
「オレ達ってさ、何にもない田舎が急に発展した地域だろ? 中学も途中で合併してマンモス校になったりで、元の馴染んできてた中学を失くしてさ。みんなそれぞれの中に劣等感みたいなの、あるんだ」
「劣等感?」
「ん。ルミとかは特にそう。月島さんがいつも堂々としてるから、自分にないものを感じてるんだ」
「そうなのかな」
「そうだよ。入学してすぐに体操着の事で、厳しい体育教師に掛け合ったの、憶えてる? 着替えが間に合わない時、私服のTシャツでいいか、掛け合ってみるって、月島さんが言った事あるだろ?」
「ああ、あったね。結局ダメだったけど」
「ルミはあの時、あの先生、厳しい事で有名だからって止めようとしてた。でも月島さんは、意思を曲げなかった。自分の気持ちを伝えなきゃって。結果はどうなるか分からないけどって」
「勢いだけで生きてるから」
「そういうの、出来ない人間にとっては劣等感を感じさせられるんだ。ルミは、負けず嫌いだから特にな」
「なんでよ。木嶋さん、私よりよっぽど気が利いてて、可愛いのに」
「でもさ、みんなそうじゃね? 劣等感って。自分もそうだから分かる」
「え? まさか。秀才の島本君が?」
「ウン。この間、一緒に行動してた月島さんのお父さんの教え子って、友達……」
「璃空センパイね」
「大倉高って、言ってたろ? オレ、本当は大倉高を受験する予定だったんだ。でも兄貴達も大倉高で優秀だったから、比べられたくなくて、ワンランク落として今の高校に受験したんだ。仲間もいるし。ビビリだろ?」
「そうだったんだ。私もなんでこんな秀才がこの高校に?…とは思ってたよ。でも誰だってあるよ。そういう事。学校って勉強だけじゃないもん」
「でもさ、この間、大倉高って聞いて、普通にそこに通えてるって人間がすごいなって思えてしまったんだ」
「でも厳しい学校だから色々あるみたい」
「だろうな」
「そんな悩みもあったんだ」
「今は吹っ切れた。この間、昔、所属してたリトルリーグに遊びに行った時、お世話になってたコーチから励まされたんだ。今がどうでも本当に好きな事を大切にやり続けていれば、きっと将来もそれに関わっていられる。人間のする事には、その人なりの道筋があるって」
「そうね。道筋か。って言うか何か、最近同じような話を聞いたなぁ」
「それ、ほらこの前の外部テストじゃない?英語の長文であったろ? お天気キャスターのやつ。日記をつけるのが子どもの頃好きだったってやつだよ」
「あ〜! あれって結局、どんな話だったの? ジェインだったかな。子どもの頃毎日、日記をつけるのが楽しみでした。その日、見かけた花の事を書いたり。そのジェインはお天気キャスターになりました……ってそこまでしか読めなかったんだけど」
「『ジェインは、毎日、天気予報を伝えるだけの毎日に飽き飽きしていました。そんな時、一つのアイデアが湧きました。そしてその案を上司に出しました。毎日の出来事を織り交ぜていいかって。その案が通ると、ジェインは昔、日記を書くのが楽しみだったように、毎日一つずつ見つけた事を視聴者に伝えました。今日、スイカズラの花が咲きました、とか。子猫が気持ちよさそうに寝ているのを見ました、とか。ジェインは何を話すか、毎日楽しみになり、一日一日が発見の連続となりました。そしてジェインの天気予報は評判になりました』そんな内容だったよ」
「そんな内容だったんだ! って言うか、最後まで読めたのがすごい。あ、でも今、また何か、最近聞いた事にヒットしたような。何だったっけ」
「誰かの歌とか?」
「いや、確か直接、聞いたような……」
その時、シュッと音がしたかと思うと、向こうにあるスタジアムから大きな花火が舞い上がった。ドーンという音が鳴り響く前に、黄、オレンジ、紫の光の雨が流れるように落ちていった。
その時、私の心に一つの言葉が思い出された。
――クリスタルレイン――
そして、あの日聞いたクリスタルミヤコの言葉が思い出された。
――人がどんな風になっていくかっていう過程は、偶発的に見えても、ちゃんと筋道が通っているの――
花火が空から消え去る一瞬の間に、頭の中をかすめた事があった。もしかしたら瑠璃子さんの居場所が分かるかもしれない、という事。
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