第42話 村井翔子

 第一土曜日は登校日だった。私は学校へ行った後、平野さんやセンパイと合流し、平野さんの車でサンクスモールへ向かった。ティユルの経営者の娘、村井翔子さんに会いに。今回は、平野さんのアイデアで、平野さんは車に残り、私とセンパイだけが話をする事になった。こんな女性や子どもが多くて明るい雰囲気の場所に、週刊誌の記者は似合わないからって。父親の知り合いに会ってみたいって女の子がいる……そんな風に翔子さんには話しているらしい。


 三十三才の翔子さんは料理研究家だけど、特にスイーツについての動画が好評で、本も出しているとか。約束したのは、翔子さんが講師を務めるお菓子教室の隣の準備室。教室が終わった三十分後だった。翔子さんはかわいい笑顔の女性だった。翔子さんは、ティユルでバイトしていた樹さんがその親友の娘、つまり私に会ったという話を聞いて目を輝かせていた。


「そんな事ってあるのね」


「私、父さんの親友に逢えて本当に良かったと思ってるんです。ありがとうございます」


「で、隣の彼は、あなたのカレシ?」


 否定しようと思ったけど、センパイがすぐに「そうです」と答え、私に目配せした。これも作戦なのか。


「カノジョのお父さんの青春時代の事を一緒に聞きに来たのね。かわいいわね。それで特に何について聞きたいの?」


「まず、もっとティユルの事を聞きたいんです。父がバイトしていたレストランの事」


「というと?」


「水曜日毎に現れてた女の人を翔子さんは見た事があるんですか? 父の初恋の人なんです」


「あるわよ。一度私、レストランで燥いでいて持ってたぬいぐるみを落としたの。そしたらそのお客さんが拾ってくれたのよ。近くで見たんだけど明るい表情と優しい笑顔で、イメージが違ったの」


「イメージ?」


「だっていつもツンとした感じで、店の外ではつばの広い帽子で顔が見えないし……」


「じゃあいいイメうージだったんですね!」


「そうよ。それに担任だった泉先生みたいにイヤな匂いがしなかったもの」


「イヤな匂い?」


「お化粧の匂いよ。小二の時の担任の女の先生がすごくお化粧が濃くてその匂いで、たぶん香水もつけてたんだろうけど、気分悪くなる子もいたの。でもその女の人にはそんな匂いがしなかったわ。そして近くで見た時、泉先生と違ってほとんどお化粧とかしてないのが分かったの」


「そうなんですね。分かります。私も大人の人の香水やお化粧の匂いが苦手だから」


「でしょ? 子どもの頃ってそういうの、敏感だよね」


「おばさんって普通濃いお化粧するものだと思ってたけど、そうではなかったという事ですね?」


「それが……おばさんって感じでもなかったの。泉先生が当時、三十才だったんだけど、それよりかなり若いって感じたの、子どもの目にはね」

 そう翔子さんは言った。


「ふうん、あ、いえすみません」


「ね、これは今日、お菓子教室で作った菩提樹ハチミツのクッキーなの。味見してみて」


 一口、口にすると、ふんわり優しい味がした。市販のクッキーのような香料の匂いはしない。


「美味しい……」


「でしょ? 身体にもいいのよ。後で袋に詰めるから、持って帰ってね。あ、そうだ。レシピのメモも入れておくから、いつか作ってみてね」



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