第41話 心の整理

 樹さんと話した後、私には心の整理が必要だった。


 父さんがやたらとブランドにこだわるようになったきっかけ、それは高校時代に会った氷の女王を見て、「女王」という名前は、伊達じゃないと強く思ったからだ。きっと。


 それに、ミネギシのお店で社長さんが言った事も関係している。

 ――ある地位にいるような人は、高級品を身に付けないといけないんだって事。ただ宝石の価値には、それだけじゃなくて、思い出や思い入れもあるから変動するって事。その二つの事は、父さんの心に、深く刻まれた――


 いや、それは社長夫人によって少し覆されたんだったな。胸を張った、すごく堂々とした言い方だったのを思い出した。

 ――アクセサリーとは、元々、付属品という意味なの。それを身に付けている人が重要なのよ。高価な物を身に付けていても、ニセモノを身に付けていても、その人自身は変わらないものよ。どんなに時が経ってもね――


 そして、かつての父さんの親友、長野樹さんの言った言葉。


 ――イミテーションだって分かってても、捨てられない思い出があったんだよ――


 頭の中がパンクしそうだった。

 いや、待てよ。時が経っても人は変わらないと言うのなら、マリーがパーディタに変身した件はどうなる?


 平野さんは帰りの車の中で、樹さんの言った事を全て信じているわけじゃないと言った。


「え? 樹さんが噓をついていると言うんですか?」


「いや、噓をついているとか、そんな事を言ってるわけじゃないんだ。でも長野って人は、外見に弱い気がするんだ。商売でも相手の利用価値を値踏みしているような所があるって聞いた。まあ、商売なんてそんなもんだけど。お調子者っぽいよね。ああいうタイプって見かけに騙されやすいんだ。着ている物が変わると、その人物の中身まで変わってしまったように感じるタイプかもしれない。小さい頃会った、夢のようなお金持ちと、ある程度成長して、自分のバイト先に現れた自由気ままで着飾った女とを同じ目で見られなかった……それだけかもしれない」

 

 そう言って、後部座席にある週刊レーベンのバックナンバーを手に取るように言った。「小さい写真だけど、綾城瑠璃子の写真が載ってるよ。発売してすぐに瑠璃子からクレームがあって、雑誌は回収されたけど、これだけはとってある」


 そこにある小さな写真には、華奢に見える陶器のネコのような美しい女性のモノクロの写真が乗っていた。

 ――マリーだ……――


 こうして一人で考えていても仕方ない。

 私は璃空センパイに電話し、その日、会った事を全て話した。平野さんは、マリーがパーディタに変身した事について、多少、疑いを持っている件も。


「同じ人でも年月が経つうち、外見が変わるって事、あるよね。だから、その樹って人も噓を言ってるわけじゃないのかもしれない。知ってる? 人は何年も経つと、細胞が完全に入れ替わるんだって。だから全くの別人になるという考え方もできるんだ」


「そうなんですか? スケールの大きな話。じゃあ大人になったら私もすっごい美人になる可能性がありますよね! でも全くの別人にはなりたくはないなぁ。センパイは全く変わる必要ないからうらやましいです」


「そんな事ないよ。僕はね、全部の細胞が入れ替わってしまいたいって思うタイプだよ」


 そんな会話をして、私達はその日、最後におやすみなさいのスタンプを押した。


 その時、平野さんからラインにメッセージが届いているのに気が付いた。


「ティユルの経営者さんの娘さんと会ってみたいって言ってたよね? 話をつけたよ。今、動画サイトだけでなく、第一土曜日と第三土曜日の午後、サンクスモールでお菓子教室の講師をしているそうだ。その教室の後、話せるって。次が第一土曜日に当たるから、菜々ちゃんの都合が良ければ、お昼の十二時半にサンクスモールの七階のイベントホールにってのはどうかな」




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