第40話 マリーとパーディタ
「そう……逆算すると二十五才位だったんじゃないかな。小学生からすると立派にオバサンの部類だけど、まぁ綺麗なオバサンにはなるな。そういうカテゴリーに入るよ。同級生の親やお姉さん達と比べると。ディズニーの映画のネコがいるじゃない。おしゃれキャットのマリー。あれに似てると思ったの、覚えてる。子どもの頃、あの映画、ビデオで見てたからさ。ところがだ、バイト先に現れた彩城瑠璃子はどっちかと言うと、『101匹わんちゃん』のパーディタみたいだったんだ」
一瞬、間があって、平野さんが言った。
「その違いがよく分からないな。ディズニーのキャラ同士ならほぼ同じようなものでは?」
私がそれを否定した。
「違うよ。マリーとパーディタは別物」
「そう、全然違う。今の自分からしたら、おしゃれキャットの方がいいオンナだよな、なんてさ。子どもながらにプレゼントくれた相手に好きな女性のイメージでも重ね合わせてたのかなぁって。でもその当時はもう摩訶不思議な世界で混乱したんだ」
「顔が違うから?」と平野さん。
「ああ。そして雰囲気も。それに、今考えると、当時もちょっと頭をかすめたんだけど、まるでアリバイ作るみたいに、毎週水曜日の午後に現れて、一人で紅茶飲んでたんだ。他のテーブルには暇な有閑婦人達が午後の時間帯、お喋りを楽しんでるっていうのに。一度なんか同じテーブルでって誘われたのに断ってたんだ。ま、そういう所がアイツにはカッコよく見えたんだろうな」
「お喋りに参加しない所が?」
私は「カッコいい」の方向性を不思議に感じ、尋ねた。
「ん。つまんないものだよ、有閑婦人のお喋りなんて。誰かの悪口とかゴシップとかで。それで彩城会の彩城瑠璃子って、地元じゃ『氷の女王』と呼ばれてたんだ。ま、もちろん褒め言葉じゃない。でもアイツはそれに、いたく感銘を受けてた。『そうか! 女王なんだ! だからあんな風に気品があって、堂々としてるんだ』ってね」
「え……?」私はその時、何かが繋がった気がした。
「そうだよ。『氷の女王だからなのか。女王という称号が与えられるのは、やっぱ本物なんだ』とかね」
樹さんは苦笑いしていた。今の父さんはやたらとブランドに拘る。そうなったきっかけは、もしかしたらこの氷の女王にあったのかもしれないと、その時、原因が分かった気がした。
長野樹という人は話し上手だった。そして、たぶん本当に父さんの良い友達、親友だったんだと思う。これは娘としての勘。
私は樹さんに訊いた。
「その、成人式が終わって何年後かに会った時って、父は翌年に結婚する話をしてたんですよね。母の事を何か話していましたか?」
「ああ。友人の結婚式の二次会のクラブで、まるで水曜日の女神みたいなワンピースを着た女に会ったって話してた。そのワンピースが気になって話しかけたのがきっかけで付き合い始めたって。その時、久し振りに『水曜日の女神』という言葉を聞いてさ。また、バイトの思い出話に花が咲いたよ」
それは実は、私も母さんから聞いていた。借り物のブランド物のワンピースを着て友達と出かけたクラブ。そこで父さんに話しかけられたって。いつもの服なら話しかけられてなかったんだろうなってよく私にこぼしていた。
「でも」と樹さんは言った。「似てるのはきっとワンピースだけじゃなかったんだと思うよ。だって今日、娘の君を見た時、第一印象で水曜日の女神タイプだなって思ったから。堂々としてるって言うか、大股でシャッシャッって歩くとこがね」
「大股でシャッシャッって……。あの、父は何かをもらった話を樹さんにはしてなかったんですかね? 失恋した時にもらった物があるとか」
「それは聞いてない。聞いてたら憶えてるし。失恋した後、ショックでバイトは二週間、学校も終業式まで休んでたから、話す機会もなかったし。バイトに復帰して、クラスで会うようになっても、例の女神の話は一切出て来なくなった。
へえ。フラれ、そしてその問題の宝石の付いたネックレスを慰みのように受け取ったってわけか。でも普通、そんなの二束三文のイミテーションだと思うよな。マサヒロだってそう感じてたんだろ。ただ……」
「ただ?」樹さんが遠くの方を見ている気がして、私も思わずその方向を見てしまいそうになった。
「ただ、イミテーションだって分かってても、捨てられない思い出があったんだよ。何かアイツの気持ちも分かる気がするから、さ」
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