第39話 水曜日の女神
笑い話のように、昔のバイト先での事を話していたというのは、意外だった。そのバイトのために今、こんなにも大変な目に遭っているのに。
「ああ、そうだよ。マサヒロは恐れ知らずで、例の水曜日の女神に告白してフラレた。毎週バイトの入ってる水曜日に現れるから水曜日の女神。あ、これ、聞いてなかったの? 言ったの、ヤバかったかな」
「まさか父が誰かの奥さんに告白するなんて……」
「まぁまぁ菜々ちゃん、フラレたんだし」
今日の取材の目的がファミリーヒストリー的なためか、平野さんは私の事を「月島さん」でなく、「菜々ちゃん」と呼んでいる。
「ところでその水曜日の件、高校生がなんで水曜日にバイト出来たんですか?」と私。
「母校はキリスト教系の私立校で、日曜日は礼拝があるから、水曜日が半日休みになっていたんだ」
「水曜日の女神って本当に彩城瑠璃子さんだったんですか? 病院長の奥さんだっていう……。普通、レストランに来たお客さんの身元なんて分からないと思うんだけどな。メンバーズカードがあったとか?」と平野さんが訊く。
「いや、彼女はいつもカード払いだったからさ。署名に彩城瑠璃子と書いていた。それに服装もいかにも高級品って感じだったね。凝ったデザインのワンピースとかつばの広い帽子だとか、宝石を散りばめた時計だとか。いつもポルシェで現れるし。まあ、僕はちょっと半信半疑だったんだけど」
「半信半疑?」
「僕は高一だったその時より八年も前、小学二年生の時に、実は会った事あるんだ、彩城夫人に」
「え? それ本当ですか?」
「ああ。彩城病院のクリスマス会に参加したんだよ。中耳炎をこじらせて手術して何日か入院してたのが偶々クリスマスだったんだよ。それでクリスマスの時には夫人も来てて」
「看護師として?」と平野さんはすかさず訊いた。
「いや、経営者夫人としてじゃないかな。ラベンダー色の、今思うとシャネル型のスーツ着てた。本当にシャネルのスーツだったのかも。で、みんなにプレゼント配ってたんだ。僕にはキャンディの入った大きなステッキ型の袋をね」
「で、その時顔見たんですか? はっきりと? その奥さんが何才くらいの時ですか? キレイでしたか?」平野さんは畳み掛けるように尋ねた。
「あー、一つずつ聞いてくれよ」樹さんはオーバーに両手を上げて降参のポーズをとった。
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