第35話 父さんの年賀状

 年賀状は父さんらしく、きちんと整理されてあった。この家に父さんがいた最後の年が、高校を卒業した年。だからオモテの年度を見て、新しい年賀状からめくっていく事にした。

 スタートする前は簡単な作業に思えた。でもこの年賀状というのが意外に多くて驚かされた。私は年賀状というのをほとんど出さない。友達に出す事はないし、後は送られてくる年賀状に返事を出すだけだ。

 親戚や小学校時代の先生で、毎年、年賀状をくれるメンバーがいるから、そういう人達には、十二月のうちに年賀状を書くようにしている。両親からそれが礼儀だと言われているから。でも実のところ、面倒で仕方ない。昔の人ってこういう所はマメなんだなとつくづく思う。


 そして目的は一つなので、差出人の氏名だけを見ていけばいい……はずなんだけど、ついつい他の所まで目で追ってしまうから、作業は遅くなるんだろう。父さんは女子にもモテたっぽい。何人かの女の子の名前の差出人からの年賀状には、ハガキ一面にホンワカとした好意が漂っていた。「今年もどうかよろしくお願いします!」、「真宏君、今年も仲良くしようね」、「今年は一緒にお出かけできたらな」なんて言葉を発見。その「今年」も今では、色あせた古いカレンダーの中にしか存在しない。そう考えると胸に切ないような気持ちが広がる。その気持ちをなんて呼んだらいいのか分からないけど。


 最初に三年分を見た時には「イツキ」という名前が含まれた差出人は見当たらず、がっかりした。五木、五ツ木、伊月等を想像していたせいかもしれない。「逸」という字もあるので、二度目は、下の名前を重点的に見ていった。それでもなく、三度目はやけになりながらめくっていった。

 第一、その当時でも仲の良い友達の皆が皆、年賀状を出していたんだろうか? もしかしたら仲の良い友達でも年賀状のやり取りをしていない間柄だったという可能性もある。女の子同士と違い、男子同士ってクールな関係もあるし。


 そんな時、その名前を発見した。「長野 樹」という名前。これは何と読むのだろう。スマートフォンで「樹 名前 読み方」と検索すると、「いつき」という三文字が目に飛び込んできた。


 裏返してみると、直筆のメッセージか書かれてある。「今年もバイト、お互いガンバロウ、Itsuki」と。


 ――これだ!――


 私は押し入れから出した父さんの卒業アルバムを開いてみた。


 父さんの名前である「月島真宏」の上に若い頃の父さんの顔写真がある。さっぱりとした、優しそうなイケメン。その二段下の中央に「長野 樹」の名前があった。父さんとは違うタイプ。積極的な子のように見える。小さな写真だけど、ニキビ顔っぽい。日に焼けていて親しみやすい黒眼の多い眼は嫌味がなかった。こちらもイケメンで、クラスの人気者の子のオーラがある。

 もう一度残ったハガキをめくると、あと二枚、長野樹からの年賀状はあった。二枚とも、シンプルな内容だった。一枚には、「今年もヨロシク」とだけ。もう一枚には、「今年は大学受験の年、ガンバロウ」と。

 私は長野樹からの年賀状と、あと何枚かの可愛いイラスト入りの年賀状を紙袋に入れ、ショルダーバッグの中にしまった。私はミッションを一つクリアした。



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