第27話 鋭い目

 後ろに現れた男性を見て、私はビクッとなった。

 そこにいたのは、鋭い目をした男性だった。クールビズのシャツにジャケットを羽織っていてカジュアルなんだけど、その目に思わずハッとしてしまう。でもビクビクした所は見せたくない。


「はい、そうです」 


「やあ、こんにちは。僕が電話に出た、君のご家族の事件の記事を書いた記者だよ」


 現れた人物は一枚のカードを差し出す。名刺っていうやつだ。車のセールスマンがわが家にやって来た時、テーブルの上に残していったのと同じ。もちろん私自身がもらったのはこれが初めてだ。その名刺には、「週刊レーベン記者 平野良」と書いてある。


「とりあえず、中に入ろう。こっちの都合でこの時間になったんだから、何でも好きなランチを奢るよ」


 私達は喫茶ル・モンドの中に入った。中はレトロな喫茶店という感じ。フカフカの椅子に張られているのはビロードという生地だ。ばあちゃんが大切にしているよそ行きの服の生地と同じ。それぞれのテーブルに凝ったメニュー表が立てかけられていた。私達がふだん利用するファミレスとは、全然違う。


 私は眼の前の相手を観察した。平野さんは、身長百七十センチの私よりわずかに高い位で、男の人としては、決して背が高い方ではない。年齢は、二十代か、もしかしたら三十代かもしれない。

 眼は鋭いけど、いかにも都会のジャーナリストって感じの切れ者の鋭さじゃない気がする。強いて言えば、野山を駆け回る小さな動物のような感じ。北キツネとか狼のような感じかな。

 小学校時代、体育でソフトボールをよくしていた事があった。私はいつもピッチャー。その時、一人、打席に立つと緊張する、苦手な子がいた。別に悪い子じゃなかった。転校生で、大人し目の、学校の成績も良い女の子だった。でも眼が鋭く、特に打席に立って、バットを構えた時の眼の鋭さは独特だった。決して失投を見逃さないって感じの鋭い目が、日に焼けた小麦色の顔の中で、じっと私の方を見据えている。あの時の緊張感を思い出す。


「何を頼む?」


 私はメニュー表を見て、ホットケーキとレモンティーを頼んだ。凝ったものは頼まず、話に集中しよう。

 テーブルにやって来たお店の人に平野さんは注文を伝えた。

「ホットケーキとレモンティー、そしてブレンドとホットサンドで」


 サンドイッチを頼んだという事は、相手も私と同じように、話に集中したいと考えているのだろうか。


「それで僕と話をしたいって事なんだけど、あの記事の事で何か、訊きたいの?」


「はい。平野さんの書いた記事に出てきたオレンジダイヤモンドの話を訊きたかったんです。父にそれを渡した相手の事を。詳しそうだったから」


「その事で、お父さんとは話をしたの?」


 平野さんの注文したブレンドとサンドイッチ、私の頼んだホットケーキセットを店員が持ってきた。ここの店のはパンケーキではない、昔ながらの厚いホットケーキだ。私はこういう素朴なおやつが好きだ。デコレーションに凝ったスイーツはあまり好きじゃない。


「はい。父はあの記事に出てきた宝石は、昔、バイトしてた店のお客さんからもらった物だって言ってます」


「そんな話をしたんだ。どんな客からもらったか聞いてないの?」


「はっきりとは。でも綺麗な女の人からだったみたいです」


 平野さんのコーヒーを飲む手が止まった。

「へえ……」




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