第26話 喫茶ル・モンドへ

 記者さんと約束をしていたのは、ビルの一階に入っている喫茶店だった。喫茶ル・モンド。その同じビルの三階に出版社はあるらしい。

 最寄りの駅は、地図では、窮屈な路線図の一つの点にしか見えない。地名から感じるのは堅苦しさとグレーのイメージ。

 地下鉄の駅から路上に出ると、まさに東京っていう感じのビジネス街が広がっていた。通り過ぎる人達の歩くスピードが速くて、怖じ気付く。大学もいくつかあって、若い子達の姿もちらほら見かけられる。でもいかにも頭の良さそうな、山程の知識で装備された子達に見える。通り過ぎる時に聞こえる会話からして、ついていけない。私と璃空センパイは、この街の若者層よりさらに若くで……というより子どもで、浮いてしまっている。

 璃空センパイが心配そうに言う。

「何か緊張してない? ダイジョウブだよ。菜々ちゃんはミネギシでもクリスタルレインでも、ちゃんと大人の人達と話せていたから」


「確かに私は図々しいかもしれないです。でも週刊誌の記者と会うなんて初めてだから、緊張して……」


 向こうから歩いてきていた大学生達の一人がすれ違いざま、こちらを見て興味深げに微笑った。センパイを見てから私に視線を移す。綺麗な女の子だ。やっぱり田舎者は目立つのかな。いや、璃空センパイを見たのかもしれない。璃空センパイは美形だから、どこにいても目立つ。「それに比べて隣のバカでかい女は何?」って思われたのかもしれない。

 確かに、父さんの事がなければ、私達はこうして肩を並べて歩くなんて事はなかっただろう。ずっと憧れのセンパイで終わっていた。まだ中学生の頃、勇気を出し、映画に誘った事がある。話題のアニメ映画だった。でも見事に断られたっけ。それを思い出すと、今、この時が夢のように感じられた。きっかけは不幸な事件だったけど。


 あっという間に、私達はそのビルの前に着いた。観光客なんかいない、関係者しか立ち寄らないような通り。通り過ぎるビジネスマンは、この通りに不釣り合いな二人組を怪訝そうに見ていく。見上げると、確かに三階に「青鴎社」という看板が出ている。

 ビルの一階にある喫茶ル・モンドは、一般の人もその自動扉を利用できるようになっていた。昔ながらの喫茶店ってきっとこういうお店の事を言うんだろう。暗い扉を先にセンパイが入っていった。

 実は私達には計画があった。編集部に電話をした時、担当記者さんは、私、月島菜々が学生証等の身分証明書を持参し、同じビルの中の喫茶店で話すという条件なら、話をしてもいいと言っていた。他の人との同伴はダメだと。

 でも何と言っても、私は未成年だし、大人の男性と喫茶店で話をするなんてハードルが高過ぎる。後で父さんや母さん、じいちゃんに知られたらひどく叱られる事は間違いない。もちろん自分自身にも警戒心がある。いくら百七十センチも身長のある、頑丈な身体の持ち主とは言っても、女子高生だ。

 それで考えついたのが、センパイが予め、喫茶ル・モンドの見通しの効く席にこっそり侵入しておくという計画だ。私と記者さんが話していて、もし危険な状況になったら、飛び出してきて助けるという……。

 ただしこの計画にも盲点はある。私達には、この記者さんがどんな人か知らない。もしプロレスラーみたいな体格の人だったらどうなるのだろうか。璃空センパイは、華奢だ。私の方が力も強いかもしれない。小学校時代から腕相撲で負けた事は、男子や上級生相手でもなかったし。

 私は一人で喫茶店の中の席で待つという事ができずに、ぽつんと店の前に立ち、時間が過ぎるのを待っていた。

 すると待ち合わせの十二時四十五分より少し前に、後ろから声をかけられた。

「君が月島菜々さんかい?」



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