第25話 クリスタルレインを出て

「月島君は、あなた達が私の所に来る事を知っている?」


「いいえ。私自身がミヤコさんの存在を知ったのが、ついさっきです」


「そうだったわね」

 ミヤコさんはケラケラと笑い出した。

「でも月島君ってきっと良い女性を選んだのね」


「え?」


「お母様の事よ。あなたを見ていると、明るい家庭で伸び伸び育ったんだろうって想像できるから」


「私を見て、家の事まで分かるのですか?」



 今、家はあまり幸せな状況ではないし、決めつけられるのは好きじゃない。


「分かるわよ。ジュエリーの診断だってしているし。いい? 人がどんな風になっていくかっていう過程は、偶発的に見えても、ちゃんと筋道が通っているの。ここに来たお客さんを見るだけで、私には、色んな事が分かるのよ。似合うジュエリーも」


「じゃ、私に似合うジュエリーもですか?」

 私には、ミヤコさんの言った事の半分も分からなかったけど、似合うジュエリーという所にだけ食いついた。


「そうね。シトリンのようなイエロー系。向日葵ひまわりを思わせるような色が似合うと思うの。そうだ!ウィンドウにあるシトリンのネックレスを試してみてはどう? きっと似合うわよ」はずむ声で言う。


「ごめんなさい。私達、これから約束があるんです。本当に。でも、興味はあるんです。また来てもいいですか? それに、とても冷静に物事を考えられるので、すごいと思いました。また……何かアドバイスが欲しいって時が来たら、その時は話を聞かせてほしいんです」


「いいわよ。ぜひまた来てちょうだい」


「あの……。父さんの若い頃の事、色々教えてもらってありがとうございました」


「ううん。今日ここまで来たって事は色々あるんだと思うけど、負けないでね。若い頃って何かと悩みがあるものよ。私、あの話、好きなので、また話せてうれしかったわ」


「え?」


「宝石がチョコレートに化ける話よ」





 ミヤコさんに別れを告げてクリスタルレインを出た私達は、並んで歩き、次の待ち合わせの場所までの道を確かめた。待ち合わせをした店は、地下鉄ですぐの、二十分あれば行ける場所にある。今が十一時十分前で、待ち合わせは十一時半なので、大丈夫そう。スマートフォンの地図アプリさえあれば、道に迷う事もない。


 さっきのミヤコさんの話で私がいちばん心に残った事、それは高価な宝石でも捨ててしまいたい時があるって事。宝石の価値を知り尽くしているはずのミヤコさんが川に投げ捨てたくらいだから。もしかしたら、父さんの事件でも同じような事が関係しているのかもしれない。

 あと、初恋は往々にして叶わないって事かな。ミヤコさんの失恋の話はリアルだった。

 そして人生の筋道の話。

 父さんも同じような運命に導かれたのかもしれない。これまでは父さんって、敷かれたレールの上を間違いなく歩んで来た人だと思っていたけど違ってたみたい。みんな、色々あって大人になっていくから。


「あのミヤコさんの話、どう思いましたか?」

 私は璃空センパイに訊いた。「父さんの若い頃の事が今もお店の事に関係してるって不思議ですよね?」


「そういう事ってあるんだね。一人のしてきた事が色んな所に影響を与えてるって。何か自分もきちんと行動しなきゃって思う」


「真面目ですね、やっぱり」

 私は、初恋かうまくいかないという話もしようと思ったけど止めた。


 舗道の上に陽炎が見える。ソフトクリームを食べたのがずっと昔の事のように思えてきた。




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