第23話 夢を売る職業

 私は複雑な想いで、店の中に視線を巡らせた。色とりどりの原石やジュエリー。これらは全部、誰かと心が結びついたり、逆に手放して一生のお別れになるきっかけを与える物なのだろうか。もちろん自分のために買う人もいるかもしれないけど。いつか私も誰か本当に好きな人から受け取る日が来るかもしれない。不思議な気がした。


 「クリスタルレインって素敵なお店の名前ですね。でも『雨』ってどうしてなんだろうって少し気になります」


「私の名前からなの。本名は都倉美雨って言うのよ」とメモ紙に書いてみせた。「ミヤコは名字から、レインは名前からとっているの」


「そうなんですね。本名も綺麗な名前。さっきの話ですけど、ミヤコさんて、宝石を手放したいって思った事があるんですか?」


「思っただけでなく、実際に橋の上から川に放り投げたわ」


「え〜! もったいない!」


「今、考えるとね。宝石に申し訳ない事しちゃった。転売すれば、それを望む人の元で大事にされてたかもしれないのに。でもその時はそうしたかったの。高校を卒業して初めて入った宝石の業界で好きな人が出来て付き合ってたの。若いし、もう一生この人は私の側にいるんだって信じてた。でもダメだった。その人は、別の苦労知らずのお嬢様と一緒になってね。悔しくて、大切にしていたその人からもらった指輪を川に放り込んだってわけ」


「悲しい事を思い出させちゃってごめんなさい」


「いいのよ。確かに一時は辛すぎた経験だったけど。でもそのお陰でその店を辞めて、誠実な仕事の仕方してるミネギシに入る事ができたし、その流れでこうやって自分で店を持てて、好きなジュエリーを創作できてる」


「それは流れ、なんですかね?」


「ええ。月島君にも感謝してるの。彼との会話で純粋にジュエリーに向き合う事ができるようになったのよ」


「え、父さんに。いえ、父にそんな影響力あったんですかね? 信じられません。あ、そうだ!」

 私は聞こうと思っていた事を一つ思い出していた。

「ミネギシの店員の倉田さんから聞いて、確かめたかった事があるんです」


「サキちゃん、ね。 何?」


「別れ際に気になる事を言ってたんです。ミネギシのお客さんに認知症の人がいて、実際に買わないのに商品を買ったつもりでいるって。それで代わりにイチゴのチョコレートの箱を渡してたんです。それがウチの父さんからスタートした慣習だって言うんですよ」


「まぁ。そう言えばそうなるかしらね」


「どういう事ですか?」


「昔ね、ミネギシで七夕コンサート兼展示会をやった事があるの。地元のフルート奏者の方に来てもらって演奏会をしたのよ。テーブルにはクッキーやチョコレートを入れたカゴ、小さなケーキを並べたテーブルが用意されてね。演奏の合間に、宝石の見本をお客さん達に見せて回るの。その時、一人のお客さんが、回ってきた宝石の中のアメジストのブローチを、間違ってバッグの中に、入れてしまったのよ」


「間違って……ですか?」


「ええ。後で知ったんだけど、認知症の初期症状のある人だったらしいの。本人が自分のバッグの中でそれを発見した時、すごくショックを受けてしまってね。自分は何て事をしてしまったんだろうって。ついに盗みをはたらいてしまったって。自分はもしかしたら自分には精神の障害があるんじゃないかと疑いを持っていた時期らしくて。

 近くの店員の所に行くと、『私、私……知らずに』と真っ青な顔をして繰り返すばかりで。

 その様子を初めの方から、月島君は見ていたのかな。助け船を出したの。『あ、さっき間違ってチョコレートと一緒にバッグに入れてしまいました』って、チョコレートの小さな箱をスッとそのお客さんのバッグの中に入れ、両方を取り出したの。自分の過ちにして。機転が利くよね」


「まさか。父さんがそんな事を?」私は驚いていたけど、璃空センパイは思い当る事があるように、天井の方を見つめていた。

 でもそう言えば、じいちゃんの家に私を訪ねて来た刑事さんも言っていた。父さんが中学に侵入した卒業生をかばったって。家の中では意識した事ないけど、父さんにはそんな一面があるのかもしれない。


「それでね、今、ミネギシに毎日来るようになったおばあさんについての相談をサキちゃんから受けた時、私、言ったの。買ったつもりにしてあげて、お菓子の箱を代わりに渡しておけばってね。それでその話をサキちゃんがお店の社長さん達にしたら、それなら事を荒立てないで済むからいいかもって話になったんだって。宝石を売るって、何と言っても夢を売る職業でしょう?」


「夢を?」


 私は、さっきのおばあちゃんの顔を思い出していた。眼が遠くを見ていた。夢というより、まるで白昼夢を見ているみたいだ。


「私にも分かる気がするのよ。若い時の夢って消えないものなのよ」


「そうなんですか? 私にはそんな夢とかないから、夢がある人がうらやましいです。よく超現実的って言われます」





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