第20話 イチゴのチョコレート

 私は、さっきお店で忘れ物をしたのかと思い、とっさにショルダーバッグを確認しようとした。でも息を切らして走ってきたサキちゃんは、手を大きく振って、それを否定した。


「私ね、あなた達に伝えたい事があって来たのよ」


「私達に? 何ですか?」


 舗道を並んで歩きながら、サキちゃんは言った。

「あなた達、この間、刑事が来たのと同じ事件の事で来たんでしょ? 聞こえてきたの。二十年も前、お父さんがバイトしてた時の話を聞きに来たとか」


「え? あ、はい」


「まあ、そうです……」


 私とセンパイは同じような、曖昧な返事をした。大人ってこんなにストレートに何かを尋ねてくるものとは思わなかったから、不意をつかれた。


「やっぱり、ね。二十年も前のバイト君の事を普通、聞きに来たりしないもん。それが二度続くんなら、同じ件よね」


 サキちゃんは自分で言った事に対して、自分でうなずいていた。

「で、社長夫婦は、あなた達にクリスタルレインのクリスタルミヤコの話はした?」



「クリスタル? 何ですか、それは」私の心の中にまた新しいキーワードが増えた。



「やっぱり話してなかったのね。二十年前、あなたのお父さんと一番仲の良かった従業員よ。きっと、ね。私は当時はお店にいなかったから、その頃の事は知らないけど。今は、クリスタルレインというお店をこの近くで開いているのよ。ジュエリーデザイナー兼ジュエリー診断士として。時々その店に行くから、知り合いになったの」


「え? そうなんですか? でも……」


「でも?」


「なんでミネギシでは、その話が出て来なかったのかな?」


「クリスタルミヤコの事は全く頭に浮かばなかったのかも。仲良くしてた話は、私が直接、ミヤコさんから聞いてるだけだから、あんまり社長は知らなかったのかも。それに、当時いた従業員って事で頭に浮かんだけど、話したくなかった可能性もあるわね」


「なぜですか? クリスタルミヤコは、社長さん達と喧嘩したんですか」


「そんなわけないわよ。ただ今、ミヤコさんのやってるお店みたいなのって、社長さん達は邪道だって思ってる」


「邪道ってどういう意味なんですか?」私は本当に言葉の意味が分からなかった。


「本筋じゃないって事よ。わき道というか……何だろな」


「名前自体、ちょっとアヤシイですよね。クリスタルレインって。もしかして願いが叶うとか言って高いブレスレットを売ったりしてますか?」センパイが心配そうに訊いた。


「それはないわ。安心して。あ、もちろん原石も売っているから、パワーストーンとして買っていくお客さんもいるけど、他のお店と同じくらい安値よ。アクセについてはね、海外に直接買い付けに行って購入した原石で自分でデザインしたオリジナルのものを作って売ってるの。他にないすごく可愛いデザインのが安くで買えるし、好きなファッションや色で、ミヤコさん自身が似合うジュエリーを選んでくれるのよ」


 自分も同業のお店に勤めていながら、よその店をこんなに褒める事に驚いた。これが口コミってものの強さだ。


 センパイは、私の顔を見た。きっと、さっきのミネギシの副社長さんの最後の忠告を思い出したのだろう。私もそれが気になったから。でもクリスタルミヤコに会えば、さっきのミネギシの人が知らない、昔の父さんについて聞ける、そんな直感がした。

「そこへ道案内してくれますか?」私はサキちゃんに言った。


 スマートフォンで時間を調べる。今は十一時十分。まだ記者さんとの約束まで一時間以上、時間の余裕がある。


「いいわよ。店を抜け出してきてるから急ぐけど。でも簡単よ。ここを真っすぐ行って、あの紫の小さな看板の路地を右に曲がったら右側の三軒先にあるの」


「ありがとうございます」

 お辞儀をする私達に、サキちゃんは一つずつ淡いピンクの小さな箱を握らせた。これは、さっき、黒尽くめのお客さんに出した箱と同じだ。


「困ります! こんな高い物を……」


「安心して。それはチョコレートだから」


 よく見ると、紙の箱は四角形に凝った折り方をされ、おもてにイチゴの絵が描かれてある。箱自体が大きなイチゴの一粒のような感じ。振ってみると確かにカサカサというチョコレートっぽい音がした。


「すみません。さっきお客さんに出していた箱と似てるなって思ったから」


「そうよ。同じ物なの。さっきのお客さんは認知症になっちゃって、ほとんど毎日、お店に来ては買い物した気分になってるの。お金もないのに。だから買っ出もらった気分でチョコレートの箱を渡してるの」


「え? そんな事をして、家に帰ってから気がついたら文句言って来ないですか?」


「大丈夫。家に帰ったら忘れてっから。それにオカネも払ってないから文句言う権利ないでしょ。ちなみにチョコレートが返品されて来た事もないのよ。家のお嫁さんもこれは了承済みで、お嫁さんから直接、店にお願いされてるの。まぁ、チョコレートはウチのサービスだけど。気を使って時々お菓子の箱折をお嫁さんが持って来たりしてるわ」


「大変なんですね」

 私が感嘆していると、サキちゃんはクールに言った。


「呑気ね。これもあなたのお父さんからスタートした慣習だってのに。とにかくクリスタルミヤコに会ったら分かるわよ」





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