第19話 老婦人と宝石
社長さん夫婦との話が終わった私達は、応接間を後にした。最後に二人はまた、ここに来た刑事さんに何度も父さんの潔癖さについて保証したって話をした。
再び店を通って帰る私の眼に、さっきの黒尽くめの服装の老婦人の姿が目に入った。まだあのお客さんはいたんだ、と少し驚いた。でも、こういう物を買う時ってそういうものかもしれない。親友の由乃の買い物に付き合っている時、由乃はTシャツ一枚にもすごく迷っている。それなら、こんな高い買い物だったら、もっと迷ったっておかしくないだろう。
ようやく買う物が決まったようで、サキちゃんと呼ばれていた店員さんが「コレとコレとコレですね」と言うと、お客さんの前に並べていた商品を手際よく片付け、向こうから箱を三つ持って来ている。わ、三つも買っているんだ、お金持ちなんだなと、人は見た目では分からないとつくづく感じた。なぜなら近くで見た時、黒尽くめの服は、だいぶ着古しているなぁという印象だったから。
私と璃空センパイは、店の奥にいた副社長さんに挨拶をした。
「突然、押しかけちゃってすみませんでした。お陰で色々なお話を聞けました」
「いえ、とんでもありませんよ。若いお客様向けの商品も多数ご用意していますので、次回はお買い物にいらして下さい」
副社長さんは相変わらずの営業対応と笑顔で答える。ある意味、ウチの父さんと同じくらい不器用なタイプではないだろうか。
「それから」と副社長さんは付け加えた。「これは、社長からも言付かっているのですが、宝石を扱う業者には様々いますので、軽はずみに知らない業者に連絡を取るような危ない事だけは、くれぐれもしないで下さい」
「分かりました。ありがとうございます」私とセンパイは、深々とお辞儀した。
店を出ようとした時、私達の前を黒尽くめの婦人がサキちゃんに見送られながら出て行く姿が見えた。ふと私は、あのおばあちゃんっていつ支払いをしたんだろうと思った。でもきっとそれは私達が副社長さんに挨拶している間なんだと推測。
私とセンパイは店を出て、舗道を歩き始めた。まるで映画館を出た後のように舗道がすごく明るく見えている。
「ミネギシって良いお店だよね」という私に、センパイも頷いた。
「うん。感じの良い人達だった」
「ちょっとしたアクセ、今までショッピングモールで買ってたけど、今度ミネギシで買ってみようかな。でも私にはちょっと贅沢かもね」
その時、後ろから私達を呼び止める声に、気が付いた。
「ちょっと。あなた達、待って!」
それは、さっきのミネギシにいたサキちゃんという店員さんだった。
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