第18話 器用で不器用な男の子
「そう、君のお父さんは綺麗好きで、バイトの時も整理整頓するのがとても上手だった。『テーブルを拭いておいて』と言っても、他のバイトの子はテキトウなのに、月島君はピカピカに磨き上げていたよ」社長さんが言う。
「そんな所、あります」私は嬉しくなって言った。「じゃ、不器用というのは?」
「決してズルができないって所かな? ちょっとした時間の合間に、他の従業員やバイトの子がお喋りしているような時も、一人黙々と辺りを整理整頓していたりね」
「父らしいですね」
「そして宝石という物の意義について、自分なりに考えていたようで、深い質問をされて戸惑った事もあったよ」
「どんな質問ですか? 宝石の意義について?」
社長さんは天井を見ながら、まるでそこに遠い昔の映像が流れているかのように、微笑みながら言った。
「そういうイベントを初めて経験した月島君に、従業員が他の高級貴金属店のイベントはもっとスゴイんだって話をしたんだよ。扱われるジュエリーの値段が一桁も二桁も違うし、客には豪華なホテルの立食形式のパーティも用意されていた、とかね。そうしたら月島君は、目の前の輝くジュエリーを見ながら言ったんだ。『自分には十分に綺麗で素晴らしいものに見えるのに、宝石ってどうしてそんなに値段が違うんですか? ここで安くで買えるのに、そういう高い所で買う人達は、どういう人達なんでしょうか?』ってね」
どういう人達って、普通にお金持ちって事じゃないのかなぁと私は心の中で思った。
「ステイタスというのがあってね。自分の裕福度に見合った宝石を身につけるのがそこに来る人達には必要なんだ。言い方が難しかったかな?」
「何となく分かる気がします」
「でもそんなにお金持ちでない人でも、もちろん綺麗なアクセサリーを身に付けたいと思うから、そういう人達が私達の店に来るんだよ。さらにもっと安く買える場所もある。格差というかな。それぞれ値段は違ってもお客さんの層が違う。だからお客さんの取り合いにはならない。そう、君のお父さんにも説明したんだよ」
「父さんは、いえ父は何と言いましたか?」
「月島君は真面目だね。『ナッシュ均衡の一つなんでしょうね』と経済理論を引き合いに出して、難しい顔をしていたよ。だからそんな難しく考える事ないって言ったんだ。均衡だかなんだかは、突然ひっくり返されるものだよって。例えば」と、一口、紅茶を飲むと続けた。「流行りの映画で、一つのアクセサリーが紹介されたとする。そうするとたちまちこれは値段に関わらず価値が出てくる。全ての層で同じようなデザインのアクセサリーが売れるようになる。名作と言われる映画で使われたものは、ずっと伝説になる。ほら」そう言って、部屋に飾ってある一枚のポスターを指した。
それは私も見た事のある、昔の有名な映画のポスターだ。下に書いてあるタイトルは「ティファニーで朝食を」。ヒロインの髪にはティアラが煌、そして細い首には豪華な首飾りが煌めいている。
「難しかったかな。つまり、ある地位にいるような人は、高級品を身に付けないといけないんだって事。ただ宝石の価値には、それだけじゃなくて、思い出や思い入れもあるから変動するって事。その二つの事は、君のお父さんの心に、深く刻まれたようだった」
「二つの事……」
私はメモをとった。とにかくここでバイトをしている時には、父さんは宝石の事で、何か心に抱えている事があったんだろう。そしてオーナーさん達は、それを会話の端切れに憶えていても、とうの父さんはもう忘れているのかもしれないな。
「父は、物を選ぶ時によくそのブランドを重視します。それもここでの経験があったからこそなんですね。高級な物を身に付けているという事が、その人のステ、何だっけ? それを表していると知ったから、ですよね、きっと」
「そうね。でもそうとも限らないのよ。アクセサリーって、元々どういう意味かご存知?」
オーナー夫人が私に訊いた。
「いいえ」
「アクセサリーとは、元々、付属品という意味なの。それを身に付けている人が重要なのよ。高価な物を身に付けていても、ニセモノを身に付けていても、その人自身は変わらないものよ。どんなに時が経ってもね。私はそう思ってこの商売を続けているの」
夫婦は顔を見合わせた。私とセンパイも顔を見合わせた。
「君達の今日ここに来た目的に適った答えだったかな」社長さんが言う。「月島君の娘さんに、それに生徒さんに会えてうれしかったよ」
「本当に」隣の夫人も頷いていた。
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