第17話 オーナー夫妻
案内された応接間には、ソファーがあり、そこに上品そうな夫婦が座っていた。足元には室内犬がいる。種類はマルチーズ? 二人ともまるで映画の中に出て来るロマンスグレーの俳優さんと女優さんみたいだった。着ている服もおじいちゃんの方はロゴの入ったポロシャツ、おばあちゃんの方はサマーニットのカーディガンとスカートのスーツと、オシャレな印象。おばあちゃんの方は特に、「おばあちゃん」と呼んじゃいけないような、外国の街角にいそうな綺麗な人だった。きっと美男美女のカップルだったんだろうなと思い、じっと見ていると、向こうの方から声をかけてきた。
「こんにちは。私が峰岸達彦と言うんだが、月島君の娘さんというのは、君かな。何となく面影がある」
「はい。月島菜々と言います。はじめまして」
「元気そうなお嬢さんだね。会えてうれしいよ。こちらは?」
「僕は友人の宮田璃空で、月島真宏先生の教え子です。はじめまして。あ、月島先生は中学校で数学の先生をしているんです。こちらの月島菜々さんと一緒に、先生の昔の事をきかせてもらうために訪問しました」
言葉の一つ一つに頷く社長さん。「そうなの」と相槌を打っている社長夫人。
「学校の先生なんて、月島君に何だか似合ってるわよね、貴方?」
さっき店の中にいた中年の女性従業員が、四人分の紅茶を持って来て、静かにテーブルの上に置いた。
「月島君の他にも当時は二、三人、大学生がバイトしていたんだ。近くの会場を借りて行うジュエリーショップ合同の展示会イベントが年に何度か、そして決算棚卸しセールが半年に一回行われていて、彼らはそのためのバイトだったんだよ。ほら、今もこうやって続いているんだ」
部屋の横の長いテーブルの上に、「夏のジュエリーフェスティバル」と書かれた色鮮やかな広告が置かれてある。そう言えばこんな広告、昔、まだ家に新聞が配達されていた頃、たまに新聞の間に入っていたっけ。カラフルなデザートの写真入りのファミレスの広告と同じように、この手の広告を見るのは子どもの頃、大好きだった。
「家ではそんな風に見えないんですけど、バイトしていた頃、父はこういったアクセサリーに興味を持っていたみたいでしたか?」
「興味……ね。一般的な興味ではないかもしれないけど、興味はあったみたいだよ。高校生の頃は飲食店でのバイトをしていたのに、大学に入り、こちらのバイトに応募したのは、興味があるからだと聞いたから」
「一般的な興味でないってどういう意味ですか」とセンパイがきく。
「こういう業界に興味がある人にはね、大きく分けて二種類いるんだ。まず宝石そのものに惹かれている人。カッティングとか純度、デザインに詳しくなり、自分で石の買付に行ったり、更には自分自身で、アクセサリーのデザインを考えたりね。クリエイティブな才能に恵まれた人だよ」
「クリエイティブなんていうのは、ウチの父には縁がなさそうです」
「うん。そうかもしれない。他の良さを持っていた」
「もう一つの種類の興味って何ですか?」
父さんのクリエイティブな才能が社長さんにダメ出しされた事に、私はちょっぴり拗ねていた。自分で言い出したくせに。
「商売に興味のある人だよ。高額な商品を上手に宣伝して売っていくのに、宝石ほど適したものはうないんだ。こういう興味を持っているのは、商売人の器量のある人さ」
「それだと、さらにうちの父から遠ざかります」
「そう。月島君は、この二つの興味のどちらも持ち合わせてはいなかったよ。個人的に急に宝石に興味を持つように生ったと言っていた」
「あの」と切り出し、センパイは私の方を横目で見ながら言った。「月島先生がバイトしていた時期、展示会でヨーロッパ貴族から受け継がれたようなネックレスの展示はありませんでしたか?」
「あるわけないよ」と社長さんが笑いながら言った。「私達が他の店と合同でやってるこういう企画は、ここを利用しているお客さんがちょっと値のはった品を買う機会なんだ。そんな博物館レベルの貴重な品物なんて置いてはいないよ。同業者でも高級ブランドを扱う所があって、そういう店は来る客からして違うし、イベントだって豪華だよ。でもそういう店でさえ、ヨーロッパ貴族の……なんて扱ってないさ」
隣りにいた社長の奥さんが口を挟んだ。
「最近起こった事件の事をお二人で調べているの? だったらこの店は関係ないのよ」
「もしかして、警察がこの店にまで来たんですか?」私は声が震えていた。
「ええ。でもね、その刑事さん達にもはっきり言ったのよ。この店で扱う品じゃないし、そもそも私達の知っている月島真宏さんは、真面目で他人の物を無断で自分の物にするような事は決してしない子でしたよって。馬鹿みたいに不器用な男の子だったって」
「馬鹿みたいに? 父は手先が器用な方ですけど」
「そう。とっても器用だったわね。不器用というのは、そういう意味ではないのよ」
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