第15話 サキちゃんと老婦人
私とセンパイが店の入口に目をやると、そこには全身黒尽くめのヒラヒラしたスカートを履いたおばあさんかバッグを抱えて入ってくるところだった。ブラウスの胸元にはキラキラしたビーズが刺繍されている。
抱える程大きなバッグではなかったものの、おばあさんが小柄なので、どうしても大きなバッグに見えてしまう。ルイ・ヴィトンのバッグは元々は高級感のあったものなんだろうけど、今や年月の重みに耐えきれないようにすり減ってしまっている。私の持つコットンのトートバッグは安物だけど、ピカピカなのに。
「山岡様、いらっしゃいませ」
例の支配人っぽい男の人が声を掛けた。中年の女性店員も同じように、挨拶したので、どうやらこのおばあさんは、このお店の常連さんなんだと分かった。ひいきにしてくれているお客さんだから、みんな丁重なんだと思ってふと前を見ると、さっきオレンジ色のジュエリーについて説明してくれたポニーテールの倉田さんの口がへの字に曲がっていた。
「サキちゃん、山岡さんに商品のケースを出してあげて」と中年の冷静そうな女の店員が言うと、「はい」と答え、ひとつのガラスの陳列ケースの鍵を開けた。
でもその「はい」は、子どもが宿題を先にするよう親から言われた時の返事よりも、心が込もっていない。普通、店員さんとかって感情をおもてに出さないのに、この倉田サキちゃんは、私の横を通り過ぎる時、頬を膨らませ、唇をへの字にしたままだった。それどころか、小さな声で「ったく!」と言っているのまで聞こえてきた。
私は隣りにいる璃空センパイと顔を見合わせた。きっとお得意さんとは言え、この山岡っていうおばあちゃんは、お店の人をいつも手こずらせているんだろうな。いくらお客さんと言っても行儀よくなきゃ、陰でどんな風に言われるか分かったもんじゃない。たとえ将来自分がどんなにお金に余裕があっても、お店で大きな顔はするまいと固く心に誓った。
でも今はそんな未来の心配をしている時ではない。父さんの事を聞きたくて入ったお店で、ちょうどその話題に移ろうかと思っていた矢先に、不意打ちのようにお客さん、それも厄介そうなお客さんがやって来た。店員さん全員の関心が今は、この新しいお客さんの方に向けられている。そして私達は、きっと冷やかしで店に入った迷惑な客くらいにしか思われていないんだろうなぁ。いや、でも今日ここまで来たからには引き下がるわけにはいかない。
私はトートバッグの中から、高校の生徒手帳を出した。そして支配人と思われる、さっき真っ先に山岡さんに挨拶をした中年の店員の所へ行った。間近で見ると、堀の深い良い顔立ちをしたこの店員の髪には所々白髪が混じっていた。名札には峰岸と書いてある。
そうか。じゃあこの人がお店を経営している人なんだ。
「私、こういう者なんですけど、うちの父の話を聞きたくてここに来たんです」
そう言い、まるで警察手帳のようにサッと生徒手帳を相手に見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます