第14話 時計、宝飾の店 ミネギシ
ナビ案内に従って歩き出したものの、やはり周りの風景にどうしても目が向いてしまう。
特にここは、パンダで有名な動物園のある街だ。本音を言うと、そこへ寄ってみたい。無理だとは分かっているけど。いや、もういいんじゃないかな。動物園デートで、と思ったり。そんな葛藤が終わると、今度は開店したばかりの文房具屋のウインドウの中が魅惑的に目に入る。
「あ、見て、センパイ。パンダのメモ帳と消しゴムがある。この消しゴム、金太郎飴方式かぁ」
私は思わず足を止めた。
「そんなに気になるんだったら買っていけば?」
「そうしようかな。でも遊びに来たわけじゃないのに、こんな事で時間を無駄にしちゃ、ほんとは駄目ですよね」
「いいよ。せっかくだから」
それで私はどこか懐かしいその店の中に入り、そこにいたおばちゃんにウィンドウの中のメモ帳と消しゴムについてきいた。
「ほら、こっちにあるわよ。メモ帳はピンク、ブルー、グリーンがあるのよ。どれもかわいいでしょ。パラパラ漫画になっていて、こうページをめくると、パンダがでんぐり返りをする様子が見られるの」
「わぁ、かわいい。もう来る事ないから全部買います。この消しゴムも」
「かわいいカップルさんね」
そう言うおばちゃんの言葉が気に障ってないか、センパイの方を見ると、思わせ振りにセンパイは微笑っている。
「なに?」
「いや、思い出しててね。僕の祖母もパンダが大好きなんだ。昔のパンダブームの頃、家族や初恋の相手と動物園へ行ったらしいよ。だからパンダのグッズを今でも買いたがってさ」
「わぁ。私、センパイのおばあちゃんと似てるって事ですね。あえてコメントは控えます! そう言えば、ウチの祖父母も人気のものについて話す時、よくパンダをすぐ引き合いに出すなぁ。あれは人寄せパンダだとか」
そう言う間に、通りの雰囲気は少し変わり、少しお洒落な感じのウインドウが並び始めた。ナビは残り時間あと一分を示している。
そして着いたのは、意外と小さくも見える、老舗らしい趣のあるお店。「時計、宝飾の店」が小さく書かれ、「ミネギシ」というカタカナの文字が水晶をイメージしたようなロゴで書かれてある。今は晴れた夏の朝なのに、この店の前に立つと、なぜか夕陽の射す日暮れ時のような気がした。建物の古さとレトロな照明のためにそう感じるのかな。
スマートフォンを覗くと十時十五分。お店の営業が十時からだから開店したばかりだ。ここには電話も何もしないで来たけど、良かったんだろうか? 店を偶然訪れたフリで、会話を切り出すのは無理があるかも。
「さっきの文房具屋さんみたいには気軽に入れない雰囲気。大丈夫かな」
「ま、入ってみようよ」
意外にも強心臓で、璃空センパイは店のガラス戸の前に立ち、自動扉が開くのを待った。
ガラス戸が開き、店内に入ると、「いらっしゃいませ」と落ち着いた男女の声が重なって耳に入ってくる。入ってすぐのウインドウに並んでいるのは、比較的安いと思われる学生用の腕時計だったので、ちょっと安心した。きっと店の奥へ行くに従って値段の高い高級品がケースに納められているんだろうな。と言っても私は普段あまり腕時計を身に付けない。たまに母さんのお古を貸してもらう位。電池切れで時計の針が止まってしまう腕時計よりスマートフォンの方を信じている。
壁際には目覚まし時計が並んでいた。とても大きなからくり時計もあって、一時間ごとに人形が出て来てメロディに合わせて踊るようなやつだ。きっと目が覚めるくらい高いに違いない。かと思うと、私のお小遣いで買えそうなキャラクターものもある。スヌーピーにすみっコぐらし。いや、今はそんなにノンビリ売り場を見ている場合ではない。
そう言えば。父さんが隠し持っていたというオレンジダイヤモンドってどんな宝石なんだろう? そんな事を考えているうちに、いつの間にかジュエリー売り場にいた。オレンジに光るこの石がもしかしてあるかも。 ケースの中の一つの指輪が目に入った。
「シトリンの指輪をお探しですか?」
いきなり女性店員から声をかけられた。もっと年上の店員もいる中、私に声をかけてきたのは、若く、私と同じようにポニーテールにしている女性店員だった。二十代に見える。もしかしたら三十才を過ぎているのかもしれないけど。髪の色はきれいな栗色に染めていた。胸のバッジには、「倉田」と書かれていた。この人は、父さんがバイトしてた頃には百パーセントいなかったはすだ。
「いえ、ちょっと見ていただけです。あの、シトリンというのはこのオレンジ色の事ですか? オレンジ色のって他にありますか?」
「この石のことをシトリンと言うんですよ。オレンジ色というか、黄色なんですけど、イエロー系の宝石の代表かもしれないですね。あとはトパーズ、ガーネット、それにオレンジムーンストーンも手頃でお買い得なので人気です」
「ムーンストーンって聞いた事あります」
「でもお客様には、このシトリンの方が絶対お似合いですよ。明るくて光があって。ところでお二人は婚約指輪をお探しなんですか? それなら、もっと良いお品をご紹介しますが……」
「いいえ! 婚約指輪を探しているわけじゃありません!」
私は慌てて打ち消した。女性店員はしげしげと私達二人を見た。
「これは失礼。ずいぶんお若いとは思っていました。じゃあティーン用のペアリングを紹介しますね」
そう言って女性店員が奥へ向かおうとした時、私は思わず「そうじゃないんです」とここに来た目的を打ち明けようとした。
でもそれは、その時、店先に現れた一人のお客さんの登場でかなわなかった。
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