「第二十一話」これから
幸せの絶頂の中の私は今、調子に乗って日記なんてものに手を出してみている。これが三日坊主で終わらないことを切に願いながら、私は今の心境を綴ろうと思う。
結果として、第二王女シエルと『髪結いの魔女』は死んだ。シャルル王がそう公表したから、国民の世論はそういう事になっている。街に出てみれば話題はそれに関することばかりで、しかし数日後には別の話題で盛り上がっているのだろう……例えば、王位が確定したイザベラのこととか。
そうそう、イザベラといえばアイツのことを書き記しておかなければ。誠実なハルファスはなんと、イザベラのもとを離れ、遂にはこの王国からも出ていってしまったらしい。理由はなんともまぁ律儀というかしつこいというか……『魔女が死んでいるわけがない、私が探して殺してくる』とのことである。面倒くさいストーカーに絡まれてしまったものだ。
さて話に戻るが、とにかく『髪結いの魔女』は世間的には死んだことになっている。あのクソキングが約束を守ってくれたおかげで、私達二人は比較的穏やかな暮らしを送ることが出来ているわけだ。まぁもちろん感謝するつもりはない、なぜなら今までシエルにしてきたことを、あの爺は一度も謝っていないのだから。
そういえば風の噂で聞いたのだが、セイレム教の教祖ブラストがいなくなってしまったらしい。気になったのでウィジャスに聞いてみると、「ボコボコにしたら勝手に逃げていった」とのことである。やれやれ、あの親父様は素直じゃないんだから……自分の娘を助けるために戦ったとは、一言も言ってないし認めようとしないんだから。
ってかあの人、帰ってきたかと思えばいきなり旅の支度をして『しばらく留守にするから二人で仲良くしているように』って言い残したきりどっかに行ってしまったのだが? 彼が出かけることはよくあることだが、それにしたってなんだかこう、私とシエルの様子をニヤニヤ見つめていたあの顔だけは殴りたかった。
ここまで書いておいてなんだが、私には文章力が無いしこれ以上ネタがない。よってこの日記はここまでで終わりということにする。こんなものを見たがる輩などいないだろうが、私が書いたのは思いつきのポエムではないため、別に見られても構わない。
「ふぅ」
書き綴った文章を眺めてみても、一体何が書きたかったのかがさっぱりわからない。思い切って小説を書こうとした自分を抑えていてよかったと思う。多分このまま書いていたらとんでもないものが出来上がる。多分ウィジャスにも笑われてしまう、それだけは避けたい。
「紙とインク、無駄にしちゃったなぁ。まぁいっか」
書き綴ったそれをクシャクシャに丸め、私はそれをゴミ箱に放り込んだ。軽やかな放物線を描いたゴミは、そのままゴミ箱に気持ちよく収まった。こんなことで爽快感を得ている辺り、今の私はめちゃくちゃ暇なのだろう。うん、事実、私は暇だ。
「……」
それもこれも、このワガママ元王女さまのせいである。こいつはウィジャスが出ていくやいなやリミッターを外し、「朝まで騒いで遊びまくろう」的なテンションで絡んできたのである。近所に家がないことをいいことに、私とシエルは騒ぎに騒ぎまくった。正直楽しかった。……まぁ最も、その反動のせいで彼女は眠り姫になっているのだが。
寝るならせめてベッドで寝てほしいなぁなんて思いながら、私はシエルの顔を間近で覗き込んだ。これで美貌はあるから困る、ある程度のワガママも許してあげたくなるのも無理はない。
「……ふふっ、えいっ」
ほっぺをつついてやる、しかし目覚めない。もっと強めにつついても、起きる気配がない。これはどんなことをしても起きないのではないか? ……自分の中でなんかこう、悪戯心に火がついた。──ちょっとキスしてやってもバレないのではないか? と。
そろりそろりと顔を近づけ、あと少しで触れる……というところで、私の顔に風が当たった。
「寝込みを襲うとは、ロゼッタは悪い子ですね」
「──あっ」
ニヤニヤ笑うシエルに、私は何も言えなかった。ただ顔を真っ赤にして、正座のまま俯くしかなかったのである。
「……ごめん」
「ふふっ、別に怒ってませんよ。ただ、そういうことしたかったんだな〜って、思ってしまって」
「いじわる!」
シエルはそれをケラケラと笑った。私はとても癪に障る部分があったが、なんだか彼女を見ていると、どうでも良くなってきて……いつの間にか、私も一緒に笑っていた。
「なんかさ、お腹すいたね」
「じゃあ、料理でもしましょうか。お母さんの秘密のレシピがあるんです」
シエルは嬉しそうに飛び起きて、そのままキッチンに入っていった。慣れた手付きで漁りながら、様々な食材やら調理器具やらに手を出した。その様子はとても楽しげで、なんだか、温かい。だからひねくれた私はついつい……。
「今のシエル、お嫁さんみたいだね」
私の言葉に動揺を隠しきれない彼女は、顔を真っ赤にしながら調理を始めた。お返しにしては少しやりすぎたかもしれないが、私にもダメージが来ているのでまぁおあいこだろう。
「……まぁ、実際そうじゃないですか?」
「え」
「もとより私は、そのつもりでしたから」
もう、お腹いっぱいだ。お互いに心のなかで幸せを噛み締めながら、私達はしばらく、お互いの顔を見ることができなかった。まぁ、いつかそんなに気にしないような間柄になるんだろうな、と。私が彼女との将来に胸を弾ませながら、食欲をそそる匂いを楽しんでいると、それは皿に盛り付けられてやってきた。──それは、トマトのスープだった。
お互いにまだ顔を赤くしたまま、わたしたちは手を合わせた。
「いただきます」
「……いただきます」
口に運んだスープは甘酸っぱく、程よい塩見を蓄えたまま喉の奥に滑り込んでいく……美味しいと、素直に思った。
「ロゼッタ」
「うん?」
「これからはずっと一緒ですね」
私は頷こうとしたが、少しだけ意地悪に答えた。
「これからは、じゃなくて」
とっても、幸せな揚げ足取りだ。
「これからも、でしょ?」
「──そうですね。はい、末永く」
薄く笑いながら、私達は同じスープを、同じ屋根の下で、同じ願いを持ったまま啜った。朝も私達も、まだ始まったばかり……そう言いたげな陽光が、私達を祝福するかのように差し込んでいた。
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