「第二十話」シエルの選択

 突如提示された選択肢に、私は少し安心してしまっていた。いや、覚悟を決めたと言った方が正しいのかもしれない。


 この二つの選択肢を聞いてまず思ったこととして、王はシエルを完全に冷遇しているわけではないということである。汚点であろうと娘は娘、殺すのではなく生きていて欲しいという思いが、塗り固められた見栄の中にかすかに見える。


 どちらを選んでも、彼女は幸せになれる。あとは幸せの質である。私というオマケのために人生を捨てるか、私を捨てて優雅な暮らしを続けるか。……まぁ、大体このロックな王女様の口から出る回答は予想できているのだが。


「……私は」


 シエルは顔を上げ、シャルルの曇った瞳をまっすぐ見て、答えた。


「私は、自分が愛すると誓った人を裏切るようなことはしません。──それが、お母さんが私にくれた生き方です」


 シエルはこれまで同様、これまで以上に胸を張って言い放った。曇っていくシャルルの顔が実に滑稽で、私はざまぁ見ろと心のなかで笑ってやった。


「シエル・ニーベルンゲンは死にました。──それで結構。今此処にいるのは、王族ではないただのシエルに過ぎません」

「──」


 戸惑いから憤慨が広がっていく王の顔が、静かに赤く染まっていく。予想外の答えを出されたことがそんなに癪に障ったのだろうか? 大人気なくシエルを睨みつけながら、ゆっくりとその口を開いた。


「……勝手にしろ、平民」


 そう言って、王は馬の手綱を引いて背を向けた。兵士たちもそれに続き、あっという間に処刑場はもぬけの殻になった。残っているのは、私とシエルだけである。


「……」

「……」


 気まずい。

 とても気まずい。

 元はと言えば私のせいでこうなったわけなのだが、色々ありすぎてその結果こうなっている。沈黙が辛い、何を話せばいいのか分からない。


「ロゼッタ」

「はいっ」


 思わずおかしな返事をしてしまった。シエルは少し驚いたような顔から、クスクスと笑って、そのまま。


「これからよろしくお願いしますね、末永く」


 陽気に笑う彼女の笑顔には、王族だった頃の彼女にはない物があった。彼女はまるで檻から出た鳥のように、ただ無邪気に自由を喜んでいたのである。


「こちらこそ、よろしく」


 こんな殺風景な場所で言うのもなんだが、まぁ……始めから波乱万丈な私達にはぴったりだな、と。素直にそう思った。

 これから人生をともにする二人は、誰もいないことをいいことに、静かにお互いを抱きしめたのであった。










 ──その後の王国に、とある訃報が流れた。


 王国の第二王女であるシエル・ニーベルンゲンが魔女に殺されたという内容のものである。これを聞いた大抵の国民は安心したか、一部の者は嘆き悲しんだか……いずれにせよ世間的な意味で、嫌われものの魔女と王女は死んだことになったのである。


 だがそんなことはない。一時でも王国を騒がせ、病魔から救い出し、イザベラ第一王女と王位を争った二人は、今もどこかで生きている……そんな噂が流れていたのも、また事実であった。


 どちらが真実なのかはわからない。なぜなら二人の死体も、生きている姿も誰も見ていないのだから。


 しかし、二人の奇抜な髪色の少女を乗せた魔獣が空を駆けていたのも、すべての国民が認知する事実なのであった。

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